藻類を用いたバイオ燃料生産に向けて

研究の背景

  国際エネルギー機関がピークオイルを宣言したこと、日々地球温暖化による影響が深刻さを増していることからも解るように、化石資源由来エネルギーに代わる新エネルギーの生産・利用促進が世界規模で急務となっています。我々は、藻類の遺伝子発現を人為的に操ることにより、有用なバイオマス(脂質や糖質など)生産実現を目指した研究を行っています。藻類は、単位時間・単位面積あたりのバイオマス生産量が非常に高いことから、バイオ燃料生産に適した生物として有望視されています。しかしながら、今までの研究では、培養条件の最適化や有用バイオマスを生産する新株の単離などの研究が主に行われて来たのが現状であり、有用なバイオマスを高生産するために必要不可欠な基礎科学的知見の蓄積や遺伝子を自由自在に操る技術に関する研究は進んでいません。当研究室ではそれら課題解決に向けて、主に分子生物学的・遺伝子工学的手法を用いて取り組んでいます。更には、得られた知見を基盤として、藻類を用いたバイオ燃料生産への応用を目指しています。
 

シゾンを用いた炭素・窒素代謝制御に関する研究

 藻類による有用バイオマスの生産とは、光合成によりCO2が有機物に固定され、脂質や糖質が合成される過程です。我々は、その過程を代謝調節の視点から最大化することにより、有用バイオマスの生産性を上げることを目指しています。そのためには、外界からのCO2同化量と、同化された炭素を望ましいバイオマスに変換するアウトプットの両方を考慮して検討することが重要です。藻類は本来、自己の増殖のためにCO2を固定し、その余剰分を脂質や糖質などとして貯蔵します。そのCO2の固定(インプット)は、様々な状況で調節されています。例えば、アミノ酸や核酸のような生体分子を合成するためには、炭素源(CO2)と窒素源はバランス良く同化される必要があり、窒素源の不足は一般的にCO2固定を抑制します。この現象は古くからC/Nバランスとして良く知られています。従って、CO2の同化量、強いてはアウトプット量を増やすためには、炭素同化系を強化すると同時に、窒素同化系とのバランス制御による抑制を解除する必要があります(図1)。
 我々は、前記課題について、シゾン(Organismsのページを参照下さい)を用いて分子レベルで解決することを試みています。まず始めに、シゾンで既に確立している各種オミクス解析を実施します。それら情報に基づいてCO2増減のシグナル物質やCO2固定の制御因子の同定、CO2固定能に影響を与える窒素同化制御機構の解明を行い、CO2固定の律速過程を解明すると共に、脂質・糖質合成経路、並びにその調節経路を同定します。窒素シグナルに関わる転写因子は同グループにおいて既に同定済みであり[Imamura et al. (2009) PNAS]、本転写因子を中心にして、その上流と下流における制御について研究を進めています。つまり、外界のCO2や窒素源濃度の変動から “代謝フラックスの変化→シグナル伝達→転写調節因子→遺伝子発現→バイオマス生産”に至る一連の流れを明らかにしようとしています。上記の理解に基づき、遺伝学的改変による、バイオマス合成経路強化の方策を立て、実際にシゾンへ遺伝子導入をすることによりバイオマスの変化を検証します。
 上記の研究内容について追記すべき点は、CO2固定・窒素同化に関わる各種反応は、核・葉緑体・ミトコンドリア・小胞体などのオルガネラにおいて横断的に行われるという点です。つまり、本研究で得られる成果は、有用バイオマス生産実現に向けての基礎的研究となりますが、同時に、オルガネラ間コミュニケーションを基盤とした細胞システムを理解する上でも重要な知見を提供することが期待されます。
 

炭化水素生産に関わる遺伝子の解析

 Pseudochoricystis ellipsoidea は単細胞の緑藻であり、シゾンと同じ微細藻類ですが、従来分離された藻類のなかでもユニークな形質を有しています。それは、培養している培地中から窒素源を除くと、細胞内にheptadecane (C17H36) などの軽油相当の炭化水素を多く蓄積すると言う点です(図2)。また、高い増殖能力(早い増殖速度と高い増殖密度)を示し、酸性条件下でも増殖するため、屋外開放培養系で、他の生物の混入を排した培養が可能であり、藻類を用いたバイオディーゼル生産に適した藻類であると考えられています。我々は、この特殊な藻類の特許を有する株式会社デンソーと中央大学の研究グループと共同で、炭化水素生産に関わる遺伝子の同定と機能解析を分子生物学的手法を用いて行っています。その後、本株における形質転換系 [Imamura et al. (2012) J. Gen. Appl. Microbiol.]を用いて、遺伝子工学的手法を用いて炭化水素を高生産する株の作出を目指しています。
 
 

応微研ジャーナル


 
1955年創刊、67年の歴史をもつ日本オリジナルの微生物学分野の国際誌です(IF 2020/2021 = 1.447)。本誌のChief Editorを2014年3月より田中が担当しております。

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