「体内時計」と「ストレス応答」の深い関わり

  私達の生活は一日24時間の時間サイクルに大きく影響されますが、私達にとっての時間は時計を見て知るだけのものでなく、体内でリズムを刻む体内時計の強い支配も受けています。このような状況を、海外旅行した際の時差ボケなどで経験される方も多いことでしょう。この体内時計は私達のような動物だけでなく、植物にとっても重要な生体機能です。これは植物が光をエネルギー源として生活しており、この光が昼間にしか利用できないことからも想像できると思います。これら動植物における体内時計の研究は重要で、その仕組みを明らかにすれば、時差ボケの解消や農業生産向上など様々な応用を考えることができます。しかし一方で、私達に身近な動植物の生体機能は極めて複雑で、これらを用いた研究ではどうしても原理的解明には時間がかかります。そこで研究に適したモデル生物、特に微生物を用いた研究が重要となり、一躍脚光を浴びたのが最も単純な体内時計をもつ光合成生物、シアノバクテリアです。
 シアノバクテリアは細胞核を持たない光合成原核生物で、地球史上、大気中に酸素を発生することで地球環境を変え、さらに真核細胞に共生して葉緑体となることで、「植物細胞」の根本を作ったと考えられる非常に重要な生物です。このシアノバクテリアが体内時計を持つことが明らかになったのは1970年代ですが、その後の遺伝学的、生化学的な研究により最終的に、時計の本体がたった3種類のタンパク質からできていることが日本の研究者により解明されました。KaiA、KaiB、KaiCと呼ばれる3種の精製タンパク質(Kaiは回転のKai)を一定の割合で試験管内に混合し、ATPを加えると24時間周期でKaiCのリン酸化状態が振動を始めたのです(1)。ここに体内時計の本体(オシレーター)が解明されたことで、あとはこの振動がどのように遺伝子発現に影響するかを明らかにすれば、生体時計の基本的な仕組みが明らかにできたと言えるでしょう。しかし、その先の研究は簡単ではありませんでした。
 Kai複合体のオシレーションを遺伝子発現装置に伝える因子として同定されていたのは、ヒスチジンキナーゼ(Hik)であるSasA、およびSasAによるリン酸化標的となるレスポンスレギュレーター(Rre)のRpaAです。これら因子を欠くシアノバクテリアでは、オシレーターが振動しても情報は遺伝子発現に伝わりません。バクテリアが様々な環境情報を感知して遺伝子発現に伝える際には、情報センサーであるHikと、その情報を下流に伝えるRre(多くはDNA結合性の転写調節因子)がセットで働くことが多く、一般に「2成分制御系」と呼ばれています。このセットが時計オシレーターの振動情報の下流に見つかったことから、素直に考えればRpaAが様々な遺伝子の上流領域に結合し、時間情報に従った転写活性化を行なうと考えれば良さそうです。私達が時計研究に参加したのは、このように考えられた時期のことでした。
 シアノバクテリアのゲノムには、体内時計に従った顕著な発現変動をする遺伝子が見つかります。私達がまず調べたのは、RpaAタンパク質がこれら遺伝子のプロモーター領域に結合するかどうかですが、結果は非常に否定的で、RpaAの結合するDNA領域は全くみつかりませんでした。しかし、遺伝子発現が時計情報に従うことは事実なので、何らかのタンパク質がプロモーター領域に相互作用しているには違いありません。そのような視点から、振動発現するプロモーター領域に結合するタンパク質をRpaAに限定せずに検索し、その結果見つかったのがRpaAに良く似たRpaBと呼ばれるタンパク質す。RpaBは強光や高浸透圧ストレスに応答するプロモーター領域に結合し、通常時には転写開始反応を抑制している転写因子です。このDNAへの結合にはRpaBのリン酸化が必要なため、ストレス時に脱リン酸化されることでDNAからRpaBが乖離し、抑制が解除されることで転写活性化が起こります。このRpaBが時計制御を受けるプロモーターにも結合していたということが見つかりました(2)。

 RpaBが振動するプロモーター領域に結合することから、これらプロモーターが基本的にRpaBの負の制御下にある可能性が示唆されます。一方で、RpaAの欠損株では、プロモーターからの転写は一日中、通常の日周変化の幅の中で最も活性の低い状態に保たれます。これは当初、RpaAによる転写活性化の消失によるためと想定されたのですが、実際にはRpaAはSasAからのリン酸化シグナルに応じてRpaBと相互作用し、RpaBによるプロモーター活性の抑制を解除している可能性が出てきたのです。このモデルが正しければ、RpaAは一日の決まった時間にプロモーター領域でRpaBと相互作用するはずです。この挙動が実際にChIP法(細胞内でのタンパク質−DNA相互作用をストップモーションで検出する手法)により検出されたこと。さらに他の証拠を積み重ねることで、私達はRpaAが「RpaBによる抑制の解除」により時計に依存した転写活性化を行なうという作業モデルを示すことができました(図1)。

 RpaBはシアノバクテリアに普遍的であり、さらに細胞共生を経て進化した葉緑体ゲノムの一部にも保存されているストレス応答に関わる転写因子です。このRpaBがストレス応答と時計制御のどちらにも関与することは、一見不思議ですが何か深い意味があるのでしょうか。最近、このことに関連した研究結果も得られているので、ここに続けて紹介することにしましょう。
 植物細胞のオルガネラである葉緑体は、古代シアノバクテリアの細胞内共生に由来し、シアノバクテリアと類似性の高い固有の「葉緑体ゲノム」を今も維持しています。共生体となったシアノバクテリア遺伝子の多くが共生後に失われ、あるいは核ゲノムに移動した結果、葉緑体ゲノムの多くは共生当初の数パーセント以下のサイズまで縮小してしまいました。それでも葉緑体ゲノムの幾つかの遺伝子には今でも、環境からのストレスに応答して転写活性化を受ける性質が維持されています。葉緑体遺伝子の転写を行なうRNAポリメラーゼのうち、転写開始のスイッチにあたるシグマ因子は核ゲノムにコードされ、細胞質で翻訳されてから葉緑体内に輸送され、特異的なプロモーターの調節に関わります。私達は以前の研究で、シロイヌナズナのSIG5と呼ばれる核コード葉緑体シグマ因子が、葉緑体遺伝子のストレスに応答した発現に関わることを示しました(3)。シロイヌナズナのような陸上植物では、シアノバクテリア由来のRpaBが消失し、代わりにSIG5のようなシグマ因子が進化することで葉緑体ストレス応答に関わるようになったという訳です。
 一方、陸上植物における時計システムでは植物固有の因子群が進化し、細胞核を中心としたオシレーターが作られています。ここにシアノバクテリア由来のKaiのような因子は見つかりません。しかし、葉緑体遺伝子にも時計に依存した発現パターンを示すものがあり、核にある時間情報がどのように葉緑体に伝えられているかは不明だったのです。最近の共同研究により私達は、この核から葉緑体に時間情報を伝える因子が前述のSIG5であることを発見しました(4)。SIG5は核ゲノムにコードされており、細胞核の体内時計により時計に依存した発現制御を受けています。このSIG5が葉緑体に入り込むことで、葉緑体遺伝子の発現に時間情報が伝わっていました(図2)。
つまり、ストレス応答の因子として知られていたタンパク質が、実は時計情報をも司っていたという、シアノバクテリアと非常に良く似た状況が発見されたといえます。この共通因子それ自体は、シアノバクテリアと葉緑体では異なります。従って、直接の進化的繋がりを考えることはできません。それでは、どのように考えれば、この不思議な一致を理解することができるのでしょうか。

 シアノバクテリアや葉緑体において、環境からのストレスに最も感受性が高いのは光合成系の活性中心です。従って、遺伝子発現レベルでのストレス応答も、この活性中心を保護するか、あるいは修復する機能を中心に起こります。この際に重要なのは、ストレスの原因となる環境変化や被ったダメージを可能な限り素早く認識して、適切に対応することでしょう。強光や温度の急激な変化、乾燥などのストレスは突然、避けられない形でやってくることもあります。それに対処するには、対処の速度を速めるしかありません。他方で、地球上に生きる生物には「予測できる環境変化」によるストレスもかかります。その代表が昼と夜を繰り返す光や温度環境の日周変化であり、生物は時計を持つことにより次に何が起きるのか、夜明けが来るのか、日が沈むのか、温度が上がるのかなどを相当な精度で予測できるようになったはずです。厳しい環境変化でも前もって予測することが可能であれば、生物は非常に強力なストレス耐性を持ちうるのです。毎日繰り返す経験を元に進化した「予測」に基づくストレス応答を生体時計だと理解すれば、古典的な「ストレス応答」と「生体時計」のシグナル伝達が同じ因子を使っていることも不思議ではないでしょう。シグナル伝達因子の進化を辿ることで、生物が様々なストレスに対処する戦略の一端が見えてきたといえます。(初出:東工大資源研HP「最新の研究」( 2013)).
 
【参考文献】
1) Masato Nakajima, Keiko Imai, Hiroshi Ito, Taeko Nishiwaki, Yoriko Murayama, Hideo Iwasaki, Tokitaka Oyama & Takao Kondo (2005) Reconstitution of circadian oscillation of cyanobacterial KaiC phosphorylation in vitro. Science 308,414-415.
2) Mitsumasa Hanaoka, Naoki Takai, Norimune Hosokawa, Masayuki Fujiwara, Yuki Akimoto, Nami Kobori, Hideo Iwasaki, Takao Kondo & Kan Tanaka (2012) RpaB, another response regulator operating circadian clock-dependent transcriptional regulation in Synechococcus elongatus PCC 7942. J. Biol. Chem. 287, 26321-26327.
3) Akitomo Nagashima, Mitsumasa Hanaoka, Toshiharu Shikanai, Makoto Fujiwara, Kengo Kanamaru, Hideo Takahashi & Kan Tanaka (2004) The multiple-stress responsive plastid sigma factor, SIG5, directs activation of the psbD light responsive promoter (LRP) in Arabidopsis thaliana. Plant Cell Physiol. 45, 357-368.
4) Zeenat B. Noordally, Kenyu Ishii, Kelly A. Atkins, Sarah J. Wetherill, Jelena Kusakina, Eleanor J. Walton, Maiko Kato, Miyuki Azuma, Kan Tanaka, Mitsumasa Hanaoka & Antony N. Dodd (2013) Circadian control of chloroplast transcription by a nuclear-encoded timing signal. Science 339, 1316-1319.
 
 

応微研ジャーナル


 
1955年創刊、67年の歴史をもつ日本オリジナルの微生物学分野の国際誌です(IF 2020/2021 = 1.447)。本誌のChief Editorを2014年3月より田中が担当しております。

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