RESEARCH

チオレドキシンとは

  • タンパク質というのは、両端を持って引っ張るとアミノ酸が連なった一本のひもになります。通常は、結び目が出来ることはありません。ところが、このヒモがさまざまな立体構造をとるときには、時にはヒモ同士の間に新たな橋をかけて構造を安定にしていることがあります。 タンパク質分子の中でこのような橋の役割をしているのは、ジスルフィド結合と呼ばれる化学結合です。この結合は、チオール基を持つシステインというアミノ酸が二つあると、 二つのチオール基の間で形成されます。しかし、タンパク質分子内ではこのような結合はやみくもにかかるのではなく、 「立体構造を決める何らかのルール」にしたがって正しく掛けられていると思われます。細胞内のタンパク質の多くは、さまざまな化学反応を触媒する機能を持っていて、酵素と呼ばれています。酵素の機能には、その分子の立体構造が深く関係していて、 突然変異などで分子の構造が少し変わっただけでも酵素の機能は大きく変わってしまいます。 逆に、酵素によっては何らかの仕組みでその立体構造を積極的に変化させることで、 酵素の機能を働かせたり、止めたりする調節機構をもっているものもあります。
  • 植物を見てみましょう。光合成という光のエネルギーを利用して二酸化炭素と水から でんぷんを合成する反応過程は、光に完全に依存した反応なので、光があたっていないときには動きません。 むしろ、この反応に関わる酵素は、光があたらないときには動かないように調節されていた方が、 無駄な反応をしないだけ生存に好都合かもしれません。実際に、光合成反応に関わる多くの酵素が、 光があたっているときにだけ働くように調節されています。この調節機構をよく眺めると、 光があたって植物の光合成器官である葉緑体の中が励起されたときだけ、 酵素の活性をonにするスイッチがついています。この分子スイッチともいえる絶妙な機構の実体は、 タンパク質の立体構造を決定するのに重要な役割を果たしているジスルフィド結合です。 この結合は、周囲の環境によって架かったり、壊れたりします。植物の葉に光が当たると 植物のもつ酵素の橋が壊されやすくなり、その結果、光合成に関与する酵素の活性にスイッチがはいります。するとさまざまな光合成の反応が行われるようになるのです。
  • 光合成酵素のジスルフィド結合を壊して、光合成酵素のスイッチを入れているのは、 チオレドキシンとよばれる小さなタンパク質です。チオレドキシンは自分自身も ジスルフィド結合を作る能力がありますが、光が植物にあたると、 特定の相手のジスルフィド結合を奪い取って自分のものにして、 その代わりに相手の酵素の立体構造を変えてその酵素活性を調節する働きを持っています。 チオレドキシンが相手から奪ったジスルフィド結合は、 光のエネルギーを利用して植物の中で起こる電子の伝達反応によって再び切られて、 次の仕事ができるようになります。植物は、光があたるといろんな反応を始めるので、 非常にたくさんの酵素がこのチオレドキシンのお世話になると考えられるのですが、 意外なことにチオレドキシンがいったいどんなタンパク質を相手にしているのか、 これまであまりわかっていませんでした。チオレドキシンは、植物だけでなく細菌から高等生物まで ほとんどの生物が持っているタンパク質で、いま話題の活性酸素に対抗するシステムとして 重要であることが最近になってどんどん明らかになっています。私たちの研究室では、 植物のチオレドキシンがジスルフィド結合一本で酵素活性を調節する分子機構や チオレドキシンのパートナーに興味を持って、研究を進めています。 そのうち、自在に酵素にスイッチをつけて思い通りに操ることができるかもしれませんよ。

      チオレドキシンの分子モデル (葉緑体m型チオレドキシンの結晶構造)

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