東京工業大学
科学技術創成研究院
化学生命科学研究所
物質理工学院
応用化学系
(応用化学コース)

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研究内容  

外部刺激や環境に応答する“かしこい”分子の開発
                   
 はじめに
 


 穐田研究室では、新しいタイプの分子材料や分子触媒の創製を目指して、外部刺激や環境変化に応答する“かしこい(スマートな)分子”の開発に挑戦しています。その分子設計のポイントは、電子リッチな有機化合物である「π共役分子」と幅広い基礎物性を有する「金属錯体」の利用です。それぞれのユニットを必要な数だけ狙いの位置に連結したナノメートルサイズの三次元構造体は、個々のユニットでは見られないユニークな物性や反応性を発現します。私達は、外部刺激として例えば「光」に着目して、このクリーンな刺激(エネルギー)に応答する構造や反応を開発しています。新しい分子の設計から効率的な合成法の開発、立体構造や反応機構の理解、そして優れた材料や触媒の創出までを行っています。以下に、最近の主な研究テーマを紹介します。

研究分野:錯体化学・有機化学・光化学・触媒化学
研究キーワード:分子エレクトロニクス・単分子素子・分子触媒・グリーンケミストリー

 1.分子ワイヤー・ジャンクション(田中グループ)
 


 次世代の分子エレクトロニクスを目指し、世界最小の電子回路を組み立てる1つのアプローチとして、分子を利用した数ナノサイズの“情報伝達素子”の開発が期待されています。これまでに私達は、一次元の鎖状π共役分子の両端に金属錯体を連結することで、拡張した共役系を有する新しい化合物を作製しています。これらは最小の情報伝達素子“分子ワイヤー”として機能し、一方の金属錯体で受けた化学的な外部刺激(酸化還元・光照射など)が、π共役鎖を介して他方の金属錯体に効率良く伝わることを明らかにしました(下図上)。これまでに最長で3つのRu錯体を含む約4nmの長鎖分子ワイヤーの構築にも成功しました。また、π共役鎖を二次元に拡張した、ポルフィリンなどを含む2核および4核の“分子ジャンクション”を構築しました。光照射によるπ共役ユニットの結合の閉開裂により、情報伝達のスイッチングおよびチューニング機能を備えた新たな分子ワイヤーを開発しました(下図中央)。さらに、分子ワイヤー内での情報伝達の方向性の制御や機能の集積化による、高次な機能性分子素子の創製にも取り組んでいます。

 また最近では、私達のオリジナルの分子ワイヤーの溶液中の性質だけでなく、1分子をAu電極に架橋してその電気伝導度を直接計測する“単分子伝導度計測”にも挑戦しています(上図下)。これにより、幾つかの金属錯体を含む分子ワイヤーが既存の有機分子のみからなる分子ワイヤーに比べて、優れた情報伝達能を有することが分子レベルで明らかになりました。現在、金属錯体の外部刺激応答特性を活かした新しい単分子素子の開発を進めています。

1) S. Ogawa, S. Chattopadhyay, Y. Tanaka, M. Akita et al., Chem. Sci. 2021, 12, 10871.
2) A. Yashiro, Y. Tanaka, T. Tada, S. Fujii, T. Nishino, M. Akita, Chem. Eur. J. 2021, 27, 9666.
3) Y. Tanaka, Y. Kato, K Sugimoto., R. Kawano, M. Akita et al., Chem. Sci. 2021, 12, 4338.
4) Y. Tanaka, K. Ohmura, S. Fujii, T. Tada, M. Kiguchi, M. Akita, Inorg. Chem., 2020, 59, 13254.
5) Y. Tanaka, M. Akita, Coord. Chem. Rev., 2019, 388, 334.
6) Y. Tanaka, Y. Kato, T. Tada, S. Fujii, M. Kiguchi, M. Akita, J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 10080.
7) Y. Tanaka, M. Kiguchi, M. Akita, Chem. Eur. J., 2017, 23, 4741.
8) K. Mishiba, M. Ono, Y. Tanaka, M. Akita, Chem. Eur. J., 2017, 23, 2067.
9) K. Sugimoto, Y. Tanaka, S. Fujii, T. Tada, M. Kiguchi, M. Akita, Chem. Commun., 2016, 52, 5796.

 2.太陽光を活用した分子触媒(小池グループ)
 


 光は、熱的には進行しない化学反応を実現する魅力的なツールです。太陽光やLED、蛍光灯は私達にとって特に身近な光源で、「可視光」とよばれる380〜680 nmの光が豊富に含まれています。この光を活用した触媒反応の開発は、環境負荷の少ないクリーンなもの作りに繋がる重要な研究テーマです。私達は、「フォトレドックス触媒」とよばれる金属錯体を利用した新しい光触媒反応の開拓に取り組んでいます。特に、医農薬品や機能性分子として有用な有機フッ素化合物や酸素、窒素、硫黄などのヘテロ元素を含む有機分子の新しい合成法の開発に挑戦しています。
 これまでに、太陽光や青色LEDによる可視光照射で効率よく進行する光触媒反応を見出しました。例えば、(i)アルケン類のトリフルオロメチル化反応、(ii)エナミンとシリルエノールエーテル類の酸化的カップリング反応、(iii)アルケン類のアミノヒドロキシ化反応、および(iv)有機ボレート塩をラジカル前駆体とするアルケン類へのラジカル付加反応などです(下図上)。これらの反応は簡単な実験装置を用い、屋外や室内で実施可能です(下図下)。私達の反応設計の指針は、単純な構造の分子から多様な機能をもつ新しい分子を作り出すことです。基質分子の構造を精密にデザインし、光触媒作用を活用することで新奇な分子変換反応が可能です。今後は、触媒システムを高度にプログラミングし、独自の新反応を活用することで、新しい医農薬品や機能性分子の創出を目指していきます。

 


1) R. Taniguchi, N. Noto, S. Tanaka, K. Takahashi, S. K. Sarkar, R. Oyama, M. Abe, T. Koike, M. Akita, Chem. Commun. 2021, 57, 2609.
2) N. Noto, Y. Hyodo, M. Yoshizawa, T. Koike, M. Akita ACS Catal. 2020, 10, 14283.
3) S. Tanaka, Y. Nakayama, Y. Konishi, T. Koike, M. Akita, Org. Lett., 2020, 22, 2801.
4) Y. Nakayama, G. Ando, M. Abe, T. Koike, M. Akita, ACS Catal., 2019, 9, 6555.
5) N. Noto, T. Koike, M. Akita, ACS Catal., 2019, 9, 4382.
6) N. Noto, Y. Tanaka, T. Koike, M. Akita, ACS Catal., 2018, 8, 9408.
7) T. Koike, M. Akita, Chem, 2018, 4, 409.
8) N. Noto, T. Koike, M. Akita, Chem. Sci., 2017, 8, 6375.
9) T. Koike, M. Akita, Acc. Chem. Res., 2016, 49, 1937.

 

 
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