- 2025.04.22
- 福島・庄子研究室
二次元超分子足場を用いてペンタセンクロモフォアを一重項分裂を促進する配置へと集合化させることに成功
π電子系クロモフォアの二次元集合体は、構造の次元性に起因する特有の性質を示すことが期待されるとともに、その形態はさまざまな電子デバイスとの適合性が高い性質を持つため、超分子化学、材料科学、有機エレクトロニクスなど幅広い分野で注目を集めています。しかし、分子が自発的に二次元構造へと集合化することは稀です。我々は、多様な分子を用いて二次元集合体を合理的に構築するために、超分子足場を用いたアプローチを提案してきました。超分子足場[1]とは、化学修飾を施してもそれ特有の集合構造の形成を保証できる分子ビルディングブロックです。最近、我々が着目しているのは、三脚型トリプチセン[2]を基盤とした二次元超分子足場です。三脚型トリプチセン超分子足場を用いるアプローチにより、さまざまな分子ユニットやポリマーをバルク固体や基板上に二次元集合化することができます[3]。このアプローチの鍵は、三脚型トリプチセンが、その骨格周りの自由体積を埋めるように入れ子状ヘキサゴナルパッキングすることで高度に秩序化された二次元シート状構造を形成し、これが一次元的に整列してレイヤー構造となることで、「2D+1D」構造を形成することです。
今回我々は、三脚型トリプチセン超分子足場を利用し、一重項分裂を発現しうるペンタセンの二次元集積化について検討しました。一重項分裂(SF)は、一つの励起一重項状態(S1)から励起三重項対 [(T1T1)*] の形成を介して二つのフリーな励起三重項状態(T1 + T1)が生成される現象であり、原理的に一つの光子から二つの励起子を形成できるため、薄膜太陽電池や光電子デバイスの性能向上の観点からも大きな注目を集めています。固体状態において高効率なSFを発現させるためには以下の二つの条件を満たす必要があります。一つ目は、励起三重項対を形成するためにクロモフォア同士の軌道間に十分な重なりをもたせることです。二つ目は、励起三重項対が二つの励起三重項状態へ解離するためにクロモフォア周りにコンフォメーション変化が可能な空間を与えることです。しかしながら、これら二つの条件の両方を満たす集合構造を合理的に設計することは容易ではありません。
三脚型トリプチセンの二次元集合構造の幾何学的特徴を考えたとき、トリプチセンの橋頭位にペンタセンクロモフォアを配置した構造においては、クロモフォア間が約 4 Åの距離に配置されます(Fig. 1)。この集合構造では、隣接するクロモフォア間に軌道の重なりをもたせつつ、コンフォメーション変化を許容する空間をクロモフォア周りに設計できると考えられます。そのような考えのもと、本研究では、ペンタセンユニットを三脚型トリプチセンの橋頭位にアセチレン結合を介して導入したサンドイッチ型誘導体(化合物1)を設計、合成し、その集合構造と光物性を調べました(Fig. 1)。サンドイッチ型の分子設計を採用した理由は、ペンタセンクロモフォア同士の強いスタッキングを抑制するためです。また、分子長の短いアントラセン誘導体(化合物2)も合成し、参照化合物として用いました(Fig. 1A)。
これらの化合物のクロロホルム溶液を基板上にキャストすることで、期待通りの二次元構造を持つフィルムを作製することに成功しました(Fig. 1B)。様々な測定を駆使することで、作製したフィルムにおいて、化合物1のペンタセンクロモフォアは一重項分裂を発現するために十分なクロモフォア同士の重なりと、それにより生成した励起三重項対が二つのフリー三重項へ解離するために必要なコンフォメーション変化を許容するクロモフォア周りの空間の両方を有していることが示されました(Fig. 1C)。化合物2のフィルムにおいても同様な規則性の集合構造が得られましたが、アントラセンユニットの分子長が短いため、クロモフォア同士の重なりは見られませんでした(Fig. 1D)。
フェムト秒過渡吸収スペクトル測定の結果、ペンタセン誘導体1のフィルムにおいては、励起一重項状態から高速かつ効率的なSFにより励起三重項対(ΦSF = 88±5 %, kSF = 5.9×1012 s-1)が形成され、さらに励起三重項対が二つの励起三重項状態へ高効率(ΦT = 130±8.8 %)に解離することが明らかになりました。一方、アントラセン誘導体2のフィルムにおいては、クロモフォア間に電子的相互作用が働かないため、SFを示しません。以上の結果は、三脚型トリプチセンを二次元超分子足場として用いたペンタセンクロモフォアの二次元集積化によって、クロモフォア間に十分な電子的相互作用を持たせつつ、クロモフォアのコンフォメーション変化を許容する空間を確保した集合構造が実現できたことを明示しています。
本研究では、三脚型トリプチセン超分子足場を用いたアプローチにより、一重項分裂を促進する配置にペンタセンを二次元集積化させることに成功し、高速な一重項分裂と、それに続く高効率なフリー三重項生成の両方を実現する有機薄膜を開発しました[4]。一般的なデバイス構成に適合するように、二次元ペンタセンアレイを基板表面に対して垂直に配向させることが今後の課題ですが、くし形電極のような電極を横方向に配置した構成は、今回得られたフィルム中のクロモフォアの配向と適合しており、デバイス応用などの道を開く可能性があります。また、今回の結果は、クロモフォアの光電子機能を引き出す二次元集合体の開発において、三脚型トリプチセン超分子足場を使用するアプローチの有用性を示しています。
References
[1] | F. Ishiwari, Y. Shoji, T. Fukushima, Chem. Sci. 2018, 9, 2028-2041. |
[2] | N. Seiki, Y. Shoji, T. Kajitani, F. Ishiwari, A. Kosaka, T. Hikima, M. Takata, T. Someya, T. Fukushima, Science 2015, 348, 1122-1126. |
[3] | F. Ishiwari, Y. Shoji, C. J. Martin, T. Fukushima, Polym. J. 2024, 56, 791-818. |
[4] | M. Fukumitsu, T. Fukui, Y. Shoji, T. Kajitani, R. Khan, N. V. Tkachenko, H. Sakai, T. Hasobe, T. Fukushima, Sci. Adv. 2024, 10, eadn7763. |