東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2018.07.09
  • (旧)藤井研究室

ベンゼン二量体エキシマー振動共鳴状態の
赤外分光による解明
二段重ねワッフルの焼け具合についての考察

 ベンゼンは亀の子模様、正六角形で、化学で最も有名なそして重要な分子の一つです。ベンゼンについての知識は、分子が集まってできている我々の世界の成り立ちを知るための基本となっています。骨格の炭素原子は六角形に配置されていますが、電子の雲に覆われているので実際には外から見ると少し角のある丸いパンのような形をしています。絵のあるように、少しデコボコしているので、ワッフルの方が似ているでしょうか。今回は、このワッフルを二段に重ねる話を紹介しましょう。

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 ワッフルをただ重ねてもすぐにはがれてしまします。ジャムを挿んだり、両側から挟んだりしてくっつけることが思いつくと思います(化学でも似たようなことをします)。そのほかにも、ごくごく小さな分子の世界では少し変わったやり方があります。

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 それは、「同じ」ワッフルの片方の焼き加減を変えて、片方だけ焦がして(「電子励起」と呼びます)重ねることです。少しぐらいコゲがついただけで、ただ重ねるのと何が違うのかと思われますが、そこは分子の世界。分子の世界、ひいては我々の世界を支配している量子力学では「同じ」物は区別できないという原則があります。多少コゲても「同じ」ワッフルはやはり「同じ」、区別がつかないのでコゲたワッフルを上下どちらに置いたかわからなくなってしまいます。「コゲ‐ふつう」なのか、「ふつう‐コゲ」なのか。この手のくっつけ方を「エキシマー」と呼びます。

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 こうなると、このコゲが「同じ」ワッフルの間でからみあって二つのワッフルがはがれなくなってしまいます。このエキシマー、分子を貼り合わせるだけではなく、妙な色で光ったり、DNAに紫外線が当たった時にできたりするので、色々とその使い道が考えられています[1,2]。
 さて、エキシマーの中でこの二段ワッフルの上下関係はどうなっているでしょう。
 1.パラレルワールドになっていて、それぞれの世界にはどちらか一方
   しか存在しない
 2.ある時は上のワッフルがコゲているが、ある時は下のワッフルが
   コゲている
 3.コゲが両方のワッフルに混ざりあって両方ともこんがり焼けている
答えはおそらく3.の両方ともこんがり焼けているです。
 このことは、赤外線暗視スコープのような物(赤外分光と呼びます)を使って、「ふつう」、「コゲ」、「エキシマー」のワッフルを見てみるとわかります。この赤外線スコープ(のような物)は、遠赤外線を使って少しだけワッフルを焼いてあげます。そうすると、それぞれのワッフルで焼け方が少しずつ違うので、それぞれがちゃんと違って見えます。その赤外線画像(光譜、スペクトルと呼びます)を下に示してあります。一番上が「ふつう」のワッフル、二番目が「コゲた」ワッフル、三番目が「エキシマー」の二段重ねワッフルです。このワッフル、重要な分子なので焼き加減を変えた時の赤外線スコープの見え方はすでにわかっています(へこみに番号が示してあるのがそれを意味します)。エキシマーにした二段重ねワッフルは我々が初めて見たものです[3]。同じ色の線で結んだへこみが、それぞれのワッフルの焼き具合に対応する赤外線画像の特徴(「振動モード」と呼びます)です。焼き具合によってお互いにへこみの位置が少しずれていることがわかります。

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 最後に、二段重ねワッフルのエキシマーですが、それぞれの焼き具合でのへこみの場所の真ん中あたりにへこみが見えています。へこみの幅が広いのは、この二段重ねワッフルは少し暖められて熱を持っているからです。ただし、この赤外線「画像」から直ちにワッフルの焼け具合を判断するのは実は簡単ではありません。最終的には量子力学にもとづいて考えなければなりません。詳しい証明はここではできませんが、[3]の論文で二段重ねワッフルの各ワッフルの焼け具合と赤外線画像の見え方の関係を導きました。そして、二段重ねワッフルエキシマーの赤外線画像のへこみが「ふつう」と「コゲ」の真ん中に現れるのは、コゲが両方のワッフルでまじりあい、両方のワッフルが半分ずつこんがり焼けているからだとわかりました。題名にある振動共鳴状態というのはこういう状態のことを言っています。
 ちなみにこのワッフル、焦がすと少し膨らみます。二段重ねワッフルではコゲが混ざって、膨らみ具合も中途半端に半分ぐらい膨らみます。コゲ具合も膨らみ具合もワッフルを重ねただけなのですが勝手に混ざってしまいます。量子力学の不思議です。ぜひ化学生命科学研究所へおいで下さい。ほかにも料理、飲み物、たくさん用意されているはずです。分子は気まぐれなので、簡単に食べさせてもらえるかどうかはわかりませんが。

[1] C. E. Crespo-Hernández, B. Cohen, P. M. Hare and B. Kohler, Chem. Rev. 104, 1977-2019 (2004).
[2] M. D. Ediger, Annu. Rev. Phys. Chem. 42, 225-250 (1991).
[3] M. Miyazaki, M. Fujii, Phys. Chem. Chem. Phys. 19, 22759-22776 (2017).

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