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- 2018.10.17
- (旧)久堀・若林研究室
遺伝子コード型の新規酸素センサータンパク質を開発
酸素は、呼吸をはじめとした生命活動の根幹となる代謝に不可欠な分子です。したがって、生体内部の酸素濃度や酸素の動態を知ることは、生命現象を理解する上で欠かせない重要な情報を与えます。これまで、組織や細胞内の酸素濃度を調べるため、様々な測定手法、分子ツールが開発されてきましたが、細胞を侵襲する、あるいは大掛かりな測定装置が必要になるなど様々な問題点があり、生体内部の酸素動態の測定を実現した例はほとんどありませんでした。
私たちは、細菌が持っている天然の酸素センサータンパク質(DosP; Direct oxygen sensor protein)に着目しました。DosPは血液中の酸素運搬タンパク質であるヘモグロビンと同じくヘムを含むタンパク質で、環境中の酸素濃度にあわせて酸素分子を可逆的に結合・解離する性質を持っています。このDosPのヘム結合領域(DosH)と黄色蛍光タンパク質(YFP)を、最適な形状のポリペプチドリンカーを使って結合させて融合タンパク質にすることで、酸素分子を結合したときにDosHが起こす吸収変化をYFPの蛍光の消光の度合いの変化に変換するという原理で働く新規の酸素センサータンパク質 (ANA: anaerobic/aerobic sensing fluorescence protein)を開発しました1,2)(図1)。
図1. 開発した酸素センサータンパク質の構造モデル 蛍光の消光を作動原理とした新規のセンサータンパク質であり、酸素存在下で強い蛍光を発する
このセンサーは酸素分子を結合すると蛍光強度が大きくなります。したがって、ANAセンサーの蛍光強度を測定することにより、簡便に酸素濃度をモニターすることが可能です(図2)。私たちは、ANAセンサーを用いて原核光合成生物のシアノバクテリアに光を当てたときに光合成によって発生する微量な酸素を検出することにも成功しました(図3)。
図2. ANAセンサーの酸素濃度に応じた蛍光強度変化
図3. ANAセンサーを利用したシアノバクテリアの光合成による酸素発生のモニタリング ANAセンサーをシアノバクテリア培養液中に直接添加し、センサーが発する蛍光の強度変化を経時的に測定した。光照射15分頃から蛍光強度が急上昇しており、シアノバクテリアが発生した酸素をセンサーが検出したことがわかる。
これまで開発されたセンサータンパク質のほとんどは、タンパク質分子の構造変化そのものを利用するFRET型センサーです。これに対し、ANAセンサーは分光特性が似ている二つのタンパク質間で特異的に起こる蛍光の消光という現象を利用しており、従来のFRET型センサーとは異なる作動原理で機能する新しいセンサータンパク質です。生物がもつ天然のセンサータンパク質には、シグナル分子の結合・解離による構造変化をほとんど伴わないものが数多く存在します。このようなタンパク質に、今回開発したセンサーのような蛍光の消光現象を応用することで、センサータンパク質プローブ開発の可能性を広げることが期待されます。
近年の研究により、生物の細胞内の酸素濃度は常に一定ではないことが明らかにされつつあります。また、酸素はシグナル分子として働き、様々な代謝経路が酸素により制御されていることもわかってきました。ANAセンサーを利用して、様々な生体内の現象と酸素の動態との関連性を解明することができれば、広く生物学研究に貢献することが出来るものと考え、今後の展開を楽しみにしています。
1) 野亦次郎, 久堀徹 特願2017-040778
2) Nomata J, Hisabori T. Sci Rep. 2018 Aug 7;8(1):11849, DOI:10.1038/s41598-018-30329-5