東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2018.12.27

有機光触媒を用いたラジカル的フルオロアルキル化反応の進展

 近年、含フッ素低分子医薬品が数多く開発されている。フッ素化合物の特異な性質は以下に要約される1。①全元素中最大の電気陰性度を有し、結合している炭素および近傍の炭素の電子密度を下げ、分子の化学状態の変化や酵素による酸化の抑制をもたらす。②水素原子につぐ小さな原子であり、水素をフッ素に置き換えても生体は立体的に識別できず取り込む。③炭素−フッ素結合は、炭素−水素結合や、炭素−炭素結合に比べ非常に強固であり、化学・代謝安定性を有する。④フッ素化合物は親油性を増し、生体内での吸収、輸送を促進する。このような観点から、様々な有機フッ素化合物が合成されている。それと同時に、簡便に、短工程でフッ素ユニットを分子骨格に導入する手法の開発が重要な研究課題となっている。我々の研究グループでは、可視光レドックス触媒作用を基軸としたラジカル反応システムを用いることで本課題に取り組んでいる。2

 これまで、図1に示すルテニウムやイリジウムのような貴金属錯体光触媒によるフルオロアルキル化が数多く研究されてきた。3一方、希少で高価な貴金属触媒に替わる触媒系の開発が望まれている。最近、我々のグループでは多環芳香族化合物を基盤とした有機触媒系が貴金属触媒に替わる有効な触媒として機能することを見出したので以下に記す。

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図1 代表的な可視光レドックス金属錯体触媒

 ①ペリレン光触媒

 多環芳香族化合物であるペリレンが、我々が開発し、最近TCI社から販売された求電子的ジフルオロメチル化剤(1, TCI D5630)4を用いたスチレン類()のアミノージフルオロメチル化反応に有効であることを見出した(図2)。5 mol%のペリレン存在下、1の水を含むアセトニトリル溶液にLEDランプで可視光を照射すると、室温、6時間で位置選択的にCF2H基とアセチルアミノ基が導入された有機フッ素化合物()が得られた(14例)。ペリレン触媒は対応する求電子的トリフルオロメチル化剤やCF3ラジカル前駆体として知られているCF3SO2Clを用いたトリフルオロメチル化反応にも有効であった。5

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図2 ペリレンを光触媒とするフルオロメチル化

 ②アントラセン型光触媒

 ペリレンに光触媒作用があったことから、多環芳香族化合物を適切に設計することで高性能な可視光レドックス触媒が開発できると考えた。ベンゼン環が三つ縮合した単純な多環芳香族化合物であるアントラセンの9,10位にジアリールアミノ基を導入した分子()は、これまで優れた発光性能やユニークな酸化還元挙動を示すことが報告されていたが、6光触媒作用に関しては調べられていなかった。は、トリフルオロメチル化反応だけでなく、トリフルオロエチル化やジフルオロエチル化反応など様々なフルオロアルキル化反応に有効であった(図3)。また、上述のジフルオロメチル化反応にも適用可能であった7

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図3 アントラセン型光触媒によるフルオロアルキル化

 多環芳香族化合物を基盤に、励起状態で高い還元力を発現できる有機可視光レドックス触媒を創製できることを見出した。さらに、その還元力をフルオロアルキルラジカル種の発生に利用すれば、様々なラジカル的フルオロアルキル化反応に展開できることがわった。適切な分子設計でさらに高い還元力の創出も期待でき、今後、既存の触媒系では還元することが難しい基質の反応を経た高難度分子変換技術の開発をめざしていく。

参考文献

(1)創薬化学--有機合成からのアプローチー 北泰行・平岡哲夫編

(2)T. Koike, M. Akita, Acc. Chem. Res., 2016, 49, 1937-1945.

(3)T. Koike, M. Akita, Chem, 2018, 4, 409-437.

(4)https://www.tcichemicals.com/eshop/ja/jp/commodity/D5630/

(5)N. Noto, T. Koike, M. Akita, Chem. Sci., 2017, 8, 6375-6379.

(6)(a) D. Zhang, X. Song, M. Cai, L. Duan, Adv. Mater., 2018, 30, 1705250. (b) M. Uebe, T. Kato, K. Tanaka, A. Ito, Chem. Eur. J., 2016, 22, 18923-18931.

(7)N. Noto, Y. Tanaka, T. Koike, M. Akita, ACS Catal., 2018, 8, 9408-9419.

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