東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2019.06.11
  • 小坂田研究室

橋架けケイ素・ゲルマニウム配位子による後期遷移金属多核錯体の新機能

 我々の研究室では2000年に世界に先駆けてケイ素配位子を有する多核遷移金属錯体として白金三核錯体1を報告して以降,ケイ素の同族元素であるゲルマニウム配位子を有する白金三核錯体2,三重架橋のケイ素及びゲルマニウム配位子を有するパラジウム四核錯体3,4など新しい錯体の合成を報告しました(図1).これらは電子受容性の橋かけカルボニル配位子やイソシアニド配位子を有する旧来の多核錯体と異なり,新規結合を形成する基質と反応した場合も金属−金属結合が解離せず,多核構造を保持できるため,これに起因した多彩な反応性を示します5

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図1 当研究室でこれまでに合成してきた多核錯体の代表例

 カルボニル化合物のヒドロシリル化には、銅、鉄、などの錯体が触媒として使われます。当研究室で合成した橋かけケイ素配位子を有する白金錯体1の触媒能評価を試みたところ,高い選択性で生成物を与えました.具体的には,錯体1の存在下,アリールアルデヒドと二級シランH2SiPh2の反応で,ヒドロシリル化反応が進行し,アリールシリルエーテルが生成しました(式1)6.反応後の溶液中にも三核錯体1が存在していたことから,この反応は多核錯体によって触媒されたといえます.一方,同様の反応を白金単核錯体[Pt(PPh)3]触媒により行ったところ,パラ位に様々な置換基(-CH3, -F, CF3)を導入したアリールアルデヒドとH2SiPh2とのヒドロシリル化の置換基効果が大きく異なることがわかりました7.すなわち,三核錯体1の場合,アリールアルデヒドの置換基によって反応速度が大きく変化しましたが,単核錯体の場合は大きな差はありませんでした(図2).

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図2 白金錯体を触媒としたSi-O結合形成反応

 種々の置換基効果の評価や反応中間体の単離,さらに過去の文献との比較から,両者は異なる触媒サイクルを経てヒドロシリル化反応が進行しており,特に三核錯体1の場合,分子内の白金原子が協奏的に作用してシランを活性化していることが明らかとなりました(図3).

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図3 触媒反応の推定機構

 最近,我々は,パラジウムや白金と同じ電子配置を有している元素である「金」に着目した研究を展開しております.具体的には,金−ケイ素が共有結合した構造を有する新規錯体(2)の単離及び構造解析に成功しました.この錯体2は二級シランH2SiPh2と水H2Oとの水和反応を触媒し,選択的にシラノールを与えることを見出しました8(式2).シラノールは,シリコーンの原料として用いられる工業的にも有用な化合物ですが.従来の合成法では,強力な還元試薬が必要であり,さらに塩化水素など毒性の高い副生物が生成するなどの問題がありました.本研究の場合,触媒量の2を添加するのみで高収率かつ高選択的にシラノールを得ることに成功しました.

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 上記の知見を基に,金とパラジウムをケイ素配位子によって連結した異種三核錯体(3)の合成にも成功しました9.このようにPdとAuが隣接した構造をもつ錯体は,これまでに7例ほどしか報告されておらず,極めて珍しい錯体であるといえます.興味深いことに,この錯体は特徴的な緑色(最大吸収波長; 631 nm in toluene at room temp.)を呈しました.この吸収はPd2S部位(最高被占軌道; HOMO)からAuSi部位(最低空軌道; LUMO)への分子内電荷移動遷移(CT)に起因し,これは量子化学計算(DFT)によって確認されました(図4).錯体3の特徴的な光学的性質は,ケイ素配位子によって金属原子の電子状態が大きく変化したことによるものです.

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図4 金パラジウム異種三核錯体の構造と分子軌道

 上述の様に,これまでに我々はケイ素およびゲルマニウム配位子を用いることによって,様々な金属が二次元平面状に並んだ多核錯体を合成し,それらが多彩な反応性や物性を示すことを明らかにしてきました.一方,錯体の構造を三次状に拡張することができれば,新しい電子状態を創り出すことができ,これに起因した反応性や物性の発現が期待されます.

 ごく最近,我々は三次元構造を有する新しい多核錯体の合成に成功し,その特徴的な電気化学特性を報告しました10.具体的には,パラジウムとイソニトリル配位子から成る三核錯体とH2GePh2とを室温で混ぜ合わせることによって,新規パラジウム六核錯体4を収率82%で単離することに成功しました(式3).単結晶X線結晶構造解析の結果,この錯体は4つのPd原子と2つのGePh2基と2つのイソニトリル基が六角形状に平面に配置しており,その上下に2つのPdが配置されたダイヤモンドの様な特徴的な三次元構造を取っていることが明らかとなりました.

 六核錯体4のサイクリックボルタンメトリーを測定したところ,低電位領域で段階的かつ可逆な酸化還元波が観測されました(図5).これは電子供与性のゲルミレン配位子と電子受容性のイソシアニド配位子によって還元および酸化状態がそれぞれ安定化され,混合原子価錯体が生成していると考えられます.以上の実験結果は,新たに合成に成功した六核錯体4が複数の電子を可逆に出し入れできる「電子の貯蔵庫」のような機能を有していることを示しております.

式3.png図5.png

図5 Pd六核錯体4のサイクリックボルタモグラム

  • 1) K. Osakada, M. Tanabe, T. Tanase, Angew. Chem., Int. Ed. 2000, 39, 4053-4055.
  • 2) M. Tanabe, K. Tanaka, S. Omine, K. Osakada, Chem. Commun. 2014, 50, 6839-6842.
  • 3) T. Yamada, A. Mawatari, M. Tanabe, K. Osakada, T. Tanase, Angew. Chem., Int. Ed. 2009, 48, 568-571.
  • 4) M. Tanabe, N. Ishikawa, M. Chiba, T. Ide, K. Osakada, T. Tanase, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 18598-18601.
  • 5) M. Tanabe, R. Yumoto, T. Yamada, T. Fukuta, T. Hoshino, K. Osakada, T. Tanase, Chem. Eur. J. 2017, 23, 1386-1392.
  • 6) Makoto Tanabe, Megumi Kamono, Kimiya Tanaka, Kohtaro Osakada, Organometallics 2017, 36, 1929-1935.
  • 7) Y. Tsuchido, R. Abe, M. Kamono, K. Tanaka, M. Tanabe, K. Osakada, Bull. Chem. Soc. Jpn. 2018, 91, 858-864.
  • 8) 神田 篤志,丹羽 孝明,土戸 良高,小坂田 耕太郎, 第8回CSJ化学フェスタ ポスター発表(P6-063), ポスター賞受賞
  • 9) 大熊 一輝・神田 篤志・土戸 良高・小坂田 耕太郎, 第99回日本化学会春季年会 口頭発表(1D1-32)
  • 10) T. Koizumi, K. Tanaka, Y. Tsuchido, M. Tanabe, T. Ide, K. Osakada, Dalton Trans. 2019, 48, 7541-7545.

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