最新の研究
- 2019.07.01
- 山口・黒木研究室
固体アルカリ燃料電池用電解質膜-高化学耐久性アニオン伝導高分子の設計開発
近年太陽電池をはじめとした自然エネルギーの普及が進み、安価な電力として入手できるような時代が来ています。そうした中、供給の不安定な自然エネルギーを化学エネルギーに変換し、必要な時に電力として取り出す燃料電池の重要性が高まっています。プロトン伝導膜を用いた固体高分子形燃料電池(PEFC)は、比較的発電効率が高く、低温作動が可能であることから現在でも一部実用化が進んでいます。しかし、高酸性下で運転を行うため、腐食に耐性を持つ触媒が白金系の金属触媒しかなく、コストを下げる事が困難です。このような経緯から、アニオン伝導膜をイオン伝導膜として用い、アルカリ環境下で運転を行う固体アルカリ燃料電池(SAFC)が注目されています(図1)1。アルカリ環境下ではほとんどの金属が安定に存在できるため、電極触媒金属として、Ni、co等の卑金属を含む様々な触媒が使用可能です。また、最適な触媒を設計することで、水素以外にもギ酸塩やヒドラジン等のエネルギー密度の高い液体燃料を使用できるという特徴があります。しかし、固体高分子形燃料電池では、ナフィオンといった高い化学耐久性を持つパーフルオロスルホン酸系ポリマーが既に開発されていますが、アルカリ燃料電池で用いるアニオン伝導膜はアルカリ耐久性が低く、現在までに実用可能な膜が開発されていません。
図1.固体高分子形燃料電池及び全固体アルカリ燃料電池の構造
我々の研究室では、アルカリ耐久性に優れたアニオン伝導膜を開発するため、一般的に使用されている芳香族アニオン伝導膜の劣化機構を解析しました(図2)。アニオン伝導膜は高濃度のアルカリ溶液中で、イオン伝導度が低下していく事が知られています。このため、高分子中のイオン伝導を担うイオン官能基の部分が劣化しており、耐久性に優れた官能基の開発が重要であると考えられてきました(図3左)。しかし劣化機構を詳細に解析した所、実際にはアニオン伝導膜の主鎖のエーテル部分に相当する部分が断裂し、その結果として得られた化学構造が不安定であるために、イオン官能基が分解するという機構で進行することがわかりました(図2,図3右)2,3。このように、一般的なアニオン伝導膜の劣化は主鎖の分解を起点として進行しており、単純にイオン官能基の耐久性を高めるのではなく、強い主鎖を持つアニオン伝導膜の開発が重要で必要であることがわかりました。強い主鎖を持つ高分子材料としては、分解の起点となるエーテルやヘテロ元素などをもたず、芳香族の結合のみから骨格が構成されている、ポリフェニレンのような材料が有望です。しかし、このような材料は、骨格が非常に剛直で分子間の相互作用が非常に強いために溶解性や膜の機械特性が低く、製膜性に優れた材料を開発することが困難です。
図2モデル低分子化合物によるポリエーテルスルホンアニオン伝導膜のアルカリ分解機構
本研究ではこのような問題を克服する材料として、スピロビフルオレンというスピロ構造を骨格に有するイオン伝導高分子の開発を行いました4。スピロビフルオレンは2つのフルオレン環が中央で直角に捻じれた構造になっており、これを位置選択的に高分子主鎖に導入することでポリマー骨格が三次元的に捻じれた構造の高分子を開発することができます(図4)。その結果、溶解性に優れた高分子電解質を開発することが可能となりました。得られたアニオン伝導膜は、膨潤耐性が高く、80℃水中で86mS/cmと高いOH-イオン伝導性を示しました。
図4 スピロビフルオレン分子及びそれを骨格に導入したアニオン伝導高分子の化学構造及び立体構造
開発した材料のアルカリ耐久性及び酸化ラジカル耐久性をそれぞれ、1MNaOH溶液中80℃の条件、フェントン溶液(3wt%H2O2, 3ppm FeSO4)60℃の条件で調べました。試験前後の材料の構造を1H-NMRで比較した結果、どちらの加速試験においても高分子の主鎖、イオン官能基共に安定であることがわかりました。今回開発した材料はイオン交換基としては一般的に使用されている4級アンモニウム基を使用しており、主鎖に分解の起点となるヘテロ元素を全く持たないことから高い化学耐久性が実現できました5。
最後に、今回開発した材料を燃料電池のアイオノマー及び一般的なイオン伝導膜の化学耐久性を高めるコート層として使用し、ギ酸塩を燃料として用いた液体燃料電池の作製を行いました。運転条件を最適化した結果、212mW/cm2と現状の世界トップレベルの性能が得られ、1週間以上も性能を低下させることなく運転できることに初めて実証しました。
図5 開発した高分子を用いて作製したギ酸カリウム燃料電池:電池性能(左)及び耐久性(右)
今回設計した化学耐久性に優れたアニオン伝導高分子の材料を今後発展させていくことで、より性能と耐久性に優れたアルカリ燃料電池の開発が可能になると期待できます。
参考文献
- 1) Shoji Miyanishi, Takeo Yamaguchi, ''Nanocarbons for Energy Conversion: Supramolecular Approaches'' Springer, 2019, Chapter 14. p.309-350
- 2) S. Miyanishi, T. Yamaguchi, Phys. Chem. Chem. Phys., 18, 12009-12023 (2016).
- 3) S. Miyanishi, T. Yamaguchi, New J. Chem., 41(16), 8036-8044 (2017)
- 4) S. Miyanishi, T. Yamaguchi, J. Mater. Chem. A, 7, 2219-2224 (2019)
- 5) H. P. R. Graha, S. Ando, S. Miyanishi and T. Yamaguchi, Chem. Commun., 10820-10823 (2018)