東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2020.02.01
  • 中村・岡田研究室

ラマンイメージングによるホウ素薬剤の細胞内分布観測

ホウ素中性子捕捉療法(boron neutron capture therapy, BNCT)は近年大変注目を集めている次世代のがん治療法である。BNCTにおいては、腫瘍に選択的に蓄積する性質を持つ、10Bを含むホウ素薬剤が用いられる。がん細胞に集積した10Bに熱中性子を照射することで、α線が発生し、がん細胞を死滅させることが可能である。BNCTによって効率的な治療効果を挙げるためには、ホウ素薬剤をいかに、がん細胞選択的に送達させるかが重要である。よって、ホウ素薬剤のがん細胞集積性を評価することはBNCTの薬剤開発において重要であり、細胞内分布、動態を観測できる手法の開発が望まれる。

しかし、BNCT薬剤の細胞内分布を観測することは容易ではない。蛍光プローブ化技術は多くの生物活性分子の細胞内イメージングに用いられているが、比較的サイズの大きな蛍光分子をプローブに導入する必要があり、しばしば、蛍光分子導入によって本来の生物活性分子の局在や挙動を変化させてしまうことが問題視される。

ラマンイメージング技術は蛍光分子を導入することなく、生体分子や生物活性分子の細胞内動態を観測できる手法として近年注目を集めている。ラマンイメージングでは分子が持つ特有の振動を検出することに立脚している。細胞成分のラマンバンドは観測対象分子のラマンバンドと重複し、シグナルがかき消されてしまう場合が多く、細胞内局在を可視化するためには、観測対象分子は特徴的なラマンバンドを持つ分子である必要がある。細胞成分には1800-2800 cm-1のバンドを持った分子が少ないため、この領域(ラマン-サイレント領域)にラマンバンドを持つ分子がラマンイメージングに望ましい。

我々は、B-H伸縮振動が2570 cm-1に観測できることに着目し1、B-H結合を有する様々なホウ素クラスター分子のB-H伸縮振動を観測した。その結果、カルボラン誘導体やドデカボレート誘導体がラマン-サイレント領域に特徴的なラマンバンドを有することが分かった。C≡C結合もラマン-サイレント領域に特徴的なシグナルを持つ結合であることが知られており、細胞内ラマンイメージングに用いれている。2-4分子内にC≡C結合を持つカルボラン誘導体ZL-1013/MBの細胞内イメージングを図1に示す。ZL-1013/MBの細胞内イメージングではC≡C結合とB-H結合に由来する両シグナルを検出することに成功した5

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図 1. ZL-1013/MBを処理したHeLa細胞のラマンスペクトルとラマンイメージング

しかし、蛍光イメージングで用いられる蛍光シグナルに比べ、ラマンシグナルは弱く、検出の感度も低いため、ラマン顕微鏡による画像取得において、1 s/pixelという長時間の測定が必要であった。我々はラマンイメージングによる薬剤分子の動態解析も視野に入れ、ラマンイメージング画像を短時間で取得できる誘導ラマン散乱(stimulated Raman scattering, SRS)6,7測定を試みた。

SRSイメージングで測定するホウ素薬剤分子として図2に示す。disodium BSH-cholesterol (BSH-Chol)を合成した。BSH-CholはB-H伸縮振動に由来する2505 cm1のラマンバンドを有するこた、シグナルは薬剤分子の濃度依存的に向上することから、イメージングによる薬剤分子の定量も可能であることが分かった(図2)。

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図2. BSH-CholをSRSイメージングによって取得したときのラマンシグナル

SRSイメージングによってHeLa細胞に集積したBHS-Cholを観測したところ、濃度依存的、処理時間依存的な細胞内へのBSH-Cholの集積が観測できた。特に細胞質や核小体と思われる領域への集積が確認された。また、400 ppmBの投与時に15,000 ppmBの集積が確認され、部位によっては35倍以上の濃度で濃縮され、局在していることが分かった。これらの結果はBSH-Cholの空間分布を定量的に分析できた結果であることが示唆される8

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図3. SRSイメージングによるBSH-CholのHeLa細胞への集積

本研究ではホウ素クラスター分子はB-H結合を持つため、ラマン-サイレント領域にシグナルを有するB-H伸縮振動が細胞内でもイメージングすることが可能であるという特徴を活用した。蛍光修飾等のプローブ化を必要とせずにホウ素クラスター分子の細胞内取り込みの直接的な可視化が可能である。本手法は、BNCT薬剤のがん細胞集積の評価、ホウ素含有分子の薬物送達の有効性の評価に有効な手法になると期待できる。

[参考文献]

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  • 8)  T. Asai, H. Liu, Y. Ozeki, S. Sato, T. Hayashi and H. Nakamura, Appl. Phys. Express, 2019, 12, 12004

【謝辞】
本研究は、本学物質理工学院・林智広准教授、東京大学大学院工学系研究科・小関泰之准教授、ポーランド科学技術アカデミー・ Zbigniew J. Lesnikowski教授(本学科学技術研究院World Research Hub Initiative (WRHI)プログラム招聘教授)のグループとの共同研究による成果である。

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