東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2020.08.01

有機金属単分子ワイヤーの開発:金属錯体のドーピング効果

情報集積回路は、スマートフォンに代表されるように現代社会に必要不可欠なツールとなっている。一方、従来のシリコン半導体技術を踏襲した高性能化は年々開発コストが高くなっており、代替となる電子回路構築法が広く模索されている。分子エレクトロニクスは、電極に架橋した分子を電子素子と見立て(分子ジャンクション)、様々な機能を有機合成化学的手法により作り出すことが可能であるため、分子サイズで高性能な電子回路を構築することが期待されている(図1)。一方、有機物と電極間に生じる大きな抵抗に伴い、期待される機能が十分に発揮できないという課題があった。これにはいくつか理由があるが、電極のフェルミ準位と有機物のフロンティア軌道のエネルギーギャップが大きいことが一因であると考えられている[1]。

202008Fig1.jpg図1. 分子エレクトロニクスと分子ジャンクション

 一方、我々は金属−炭素結合を持つ有機金属錯体を用いた混合原子価化学の研究を展開してきた。一般的に多価カチオンを形成しやすい無機金属錯体とは異なり、有機金属錯体は、電子豊富な化学種を与え易い。また、強固な金属−炭素結合の特徴を活かして、長距離での架橋配位子を介した金属間電子伝達を実現できることを明らかとしてきた[2]。そこで我々は電子豊富な有機金属錯体を分子ワイヤーへ「ドーピング」(組み込む)することで、金属電極と分子ワイヤーが高い親和性を発現するのではないかと着想した。

 まず我々は、末端に配位性のピリジンアンカーを有する有機分子ワイヤーに二官能性のRuテトラホスフィン錯体を導入した、有機金属分子ワイヤーを開発した(図2a)[3]。単一分子の電気伝導度計測はSTMブレイクジャンクション法により行った(図2b)。この手法は金探針を上下動させて金基板との接合―破断サイクルを繰り返して伝導度を計測する手法である。分子を含む溶液を基板に浸漬させることで、偶発的に分子を架橋し、統計的に単分子電気伝導度を決定する。本手法を用いた計測の結果、有機金属分子ワイヤーは2.5 x 10-4 G0 (1 G0 = 77.5 µS)となり、鎖長が伸びたにも関わらず、有機分子ワイヤー(1.0 x 10-4 G0)に比べて2.5倍高い電気伝導度を示すことが明らかとなった。一般に鎖長の伸長により、伝導度は指数関数的に減少することを考えると、有機金属錯体の導入が伝導度向上に効果的であることが示された。

202008Fig2.jpg図2.(a)ピリジンをアンカーとしてもつ有機分子ワイヤーと有機金属分子ワイヤーの構造と(b)STM-ブレイクジャンクション法

 続いて、より高電気伝導性の分子ワイヤー開発を目指し、炭素原子を連結したポリインに着目した(図3a)。ポリインは理論的に高い伝導性が予測されているものの[4]、高い自己反応性により熱力学的に不安定であり、爆発性を示すことが知られていた。そのため、そのままでは伝導材料としての利用が困難であった。一方、金属錯体を「ドーピング」したメタラポリインは金属錯体上の嵩高い配位子により自己反応を防ぎ、安定性を高めることが期待できる(図3b)[5]。

202008Fig3.jpg図3.(a)有機金属ポリイン分子ワイヤーと(b)模式図

 分子末端と電極との共有結合形成のため、金錯体を修飾した分子ワイヤーを設計し、単分子電気伝導度計測を行った。その結果、電極との接続部として金と配位接合するピリジン基やチオエーテル基を用いた分子ワイヤーに比べて、約100倍、および約6倍高い性能を実現した(図4a)。またピリジン末端を有する有機金属分子ワイヤーに比べても80倍高い伝導度を示すことがわかった。距離と伝導度のプロットから、分子と電極間の接触抵抗が極めて小さいことが要因の一つであることが明らかとなった。

 高い伝導性を示すメカニズムを調査するために、密度汎関数法・非平衡グリーン関数法による解析を行った。その結果、伝導に寄与する分子軌道が電極のフェルミ準位近傍に存在していることが明らかとなった(図4b)。金属錯体のない有機ポリイン化合物では分子軌道と電極のエネルギー差が大きいことから、金属錯体の「ドーピング」が高い伝導度の鍵であることが示唆された。

202008Fig4.jpg図4.(a)単分子電気伝導度計測結果と(b)理論計算による伝導軌道.

金属錯体の「ドーピング」効果を詳細に明らかとするために、異なる金属種の分子ワイヤーを新たに設計した。具体的には約1 nm長のカチオン性の電子不足なロジウム分子ワイヤーを合成した(図5)。[6]単分子電気伝導度計測の結果、伝導度は6.7 x 10-3 G0となり、同鎖長のルテニウムポリイン分子ワイヤーと比べて約1/3程度に伝導度が低減することが明らかとなった。理論計算の結果と合わせると、電子豊富な金属フラグメントの方が金属電極―金属錯体間の相互作用が大きくなることを示しており、金属フラグメントの電子状態を制御することで、伝導度を自在に制御可能であることが示された。

202008Fig5.jpg図5.カチオン性ロジウム分子ワイヤーの(a)前駆体の結晶構造と(b)分子ジャンクションの構造.

今後の展望

今回の研究から有機分子ワイヤーへ金属錯体を導入することで、金属電極―金属錯体間の電子的相互作用に起因した高い伝導度が実現できることを実証した。一方で、分子長に対して伝導度が減衰する効率を示す減衰定数は、有機ポリインワイヤーと同等であることが課題として残った。今後は数ナノメートル長においても高い伝導性を保つ分子ワイヤーの開発ならびに外部刺激に応答する機能性分子ワイヤーの開拓を目標として研究を進め、分子エレクトロニクスの実現を目指す。

引用文献

[1] a) D. E. Bergeron, P. J. Roach, A. W. Castleman Jr, N. O. Jones and S. N. Khanna, Science, 2005, 307, 231-235; b) S. N. Khanna and P. Jena, Phys. Rev. B, 1995, 51, 13705; etc.
[2] Y. Tanaka, M. Akita, Coord. Chem. Rev., 2019, 388, 334-342.
[3] K. Sugimoto, Y. Tanaka, S. Fujii, T. Tada, M. Kiguchi, M. Akita, Chem. Commun., 2016, 52, 5796-5799.
[4] Ž. Crljen, G. Baranović, Phys. Rev. Lett., 2007, 98, 116801
[5] Y. Tanaka, Y. Kato, T. Tada, S. Fujii, M. Kiguchi, M. Akita, J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 10080-10084.
[6] Y. Tanaka, K. Ohmura, S. Fujii, T. Tada, M. Kiguchi, M. Akita, Inorg. Chem. in press.

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