東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2020.09.02
  • 福島・庄子研究室

双極性回転ユニットと回転抑制ユニットの交互環状配列に基づく新しい分子メモリのデザイン

 一つ一つの分子やナノスケールの自己組織化単分子膜(SAM)をメモリ素子やスイッチング素子として機能させることができれば、それらを電子回路として組み上げることで、極小のナノデバイスが実現できると期待できます[1]。これは、分子エレクトロニクスにおける究極の目標の一つです。この目的のためには、(i) 外部刺激によって分子構造や配座の可逆なスイッチングが可能で、(ii) スイッチング前後の構造がともに十分に安定であり(= 双安定性の実現)かつ (iii) 互いに大きく異なる電子的性質を示すこと、など多くの要求を全て満たす分子を設計する必要があります。しかし、これまで報告されてきた分子性スイッチング材料は、その大半がバルク集合体における相転移を利用したもの[2]や、単分子であっても、低温でのみ双安定性が得られるもの[3]が大半でした。また、光を外部刺激として用いた場合、一分子レベルの空間分解能を実現することはできません。理想的には、電場の印加によって、不安定な酸化還元状態の形成を経ずに分子・電子構造をスイッチングできることが望まれます。

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図1. Overcrowded ethylene 分子のSAMによる電気伝導度スイッチング.(a) 分子構造および (b) 電場印加前後でのSTMイメージ.

 我々のグループでは最近、図1に示す overcrowded ethylene 分子[4]を用いて、室温で電気伝導度のスイッチングが可能な SAM を構築することに成功しています[5]。この分子は、Folded型とTwisted型という二つの配座異性体を有します(図1a)。金基板上では、Folded型異性体が2次元的な分子間相互作用ネットワークを形成し、熱的に安定な SAM を形成します(図1b)。さらに、このFolded型異性体によるSAMに対して、走査型トンネル電子顕微鏡(STM)のセットアップを用いて電場を印加すると、Folded型異性体がTwisted型異性体へと構造変化し、SAMの電気伝導度が大きく向上することを明らかにしました(図1b)。Overcrowded ethylene SAMは、前述したスイッチング素子としての要求を満たす有望な分子システムではあるものの、分子構造の特異性のため、さらなる化学修飾が困難であるという問題点がありました。

202008Fig02j.jpg図2. (a) ヘキサアリールベンゼンをビルディングブロックとした新規分子スイッチ(1)のデザイン.(b) 電場印加前後における1のアモルファス薄膜の表面ポテンシャルマップ.

 今回我々は、ヘキサアリールベンゼンをビルディングブロックとした、分子スイッチの新たなデザインコンセプトを提案しました(図2)[6]。開発した分子1は、中心のベンゼン環の1,3,5位に置換したジフルオロフェニル基(双極性回転ユニット)の配向により、(3,0)型と(2,1)型の二つの回転異性体を持ちます(図2a)。一方、2,4,6位に置換した、パラ位にエステル基を有するアリール基は、ジフルオロフェニル基の自由回転を抑制し、回転異性体に適度な安定性を付与することが期待できます。実際、19F NMRスペクトルによる検討の結果、溶液中、室温ではそれぞれの回転異性体が十分な安定性を示す一方、加熱によりジフルオロフェニル基の回転が誘起され、二つの回転異性体が相互変換することを見出しました。興味深いことに、この分子をITO基板上にスピンコートしてアモルファス薄膜を作製し、導電性AFMチップを用いて薄膜に電場を印加したところ、薄膜表面に電場の符号に対応した表面ポテンシャルが誘起され、室温で長時間メモリされました(図2b)。一方、分子1とのアモルファス薄膜を加熱することで得られた結晶性薄膜は、このような電場応答性を示さなかったことから、アモルファス薄膜において観測された電場応答性は、分子上の双極性ジフルオロフェニル基の回転ダイナミクスが関わっていることが強く示唆されます。

 分子1は、2,4,6位のアリール基上のエステル基を介して、様々な官能基を導入することができます。本研究の展開として、金属表面に吸着する官能基を導入した誘導体を用いてSAMや単分子ジャンクションを形成し、単分子レベルでの電場応答性を検討しています。単分子レベルで双極性回転子の回転障壁を制御するという今回の分子デザインコンセプトは、様々な刺激応答性分子の開発へと適用できることが期待できます。

[1]  総説:L. Sun, Y. A. Diaz-Fernandez, T. A. Gschneidtner, F. Westerlund, S. Lara-Avila, K. Moth-Poulsen, Chem. Soc. Rev. 2014, 43, 7378.
[2]  総説:S. Hirouchi, Y. Tokura, Nat. Mater., 2008, 7, 357.
[3]  F. Moresco, G. Meyer, K. H. Rieder, H. Tang, A. Gourdon, C. Joachim, Phys. Rev. Lett. 2001, 86, 672.
[4]  T. Suzuki, T. Fukushima, T. Miyashi, T. T. Tsuji, Angew. Chem. Int. Ed. Engl. 1997, 36, 2495.
[5]  S. Fujii, M. Koike, T. Nishino, Y. Shoji, T. Suzuki, T. Fukushima, M. Kiguchi, J. Am. Chem. Soc. 2019, 141, 18544.
[6]  T. Miyazaki, Y. Shoji, F. Ishiwari, T. Kajitani, T. Fukushima, Chem. Sci. 2020, 11, 8388.

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