最新の研究
- 2021.03.01
- 吉沢・澤田研究室
水に溶かす便利なナノ道具の開発
炭素と水素の単結合のみからなるアルキル基は、光照射や電気化学的な刺激に対して反応性が低いため、生体や合成化合物の重要なビルディングブロックとして利用されています。実際に、体を構成する細胞膜や石鹸からできるミセルは、"鎖状"のアルキル基を含むひも状両親媒性分子の集合体です(図1a)。一方で、"環状"のアルキル基を含む両親媒性分子は、生体内では胆汁酸などに限定され、人工系ではほとんど未開発でした。環状のアルキル骨格は鎖状より剛直で、かつ、剛直な芳香族骨格のような光吸収帯を持ちません。すなわち、それらを含む両親媒性分子の開発は、新機能を持つミセル(図1b)の作製につながると考えました。今回、私達の研究室の華房真実子さんと土田大和君らが、新たに合成した2つのシクロアルキル基を持つV型両親媒性分子CHA(図1d)が、様々な平面状金属錯体を水に溶かす便利なナノ道具として機能することを発見しましたので紹介します[1]。
![]() |
|||
図1 | a)通常のミセル, b)新規なシクロアルキルミセル, c)既報の芳香環ミセルの模式図.d)シクロアルキル基を持つV型両親媒性分子CHAとその立体構造, e)既報のV型両親媒性分子AA. |
まず、私達が過去に報告した2つのアントラセン環を持つV型両親媒性分子AA(図1e)をベースに、それらの環をシクロアルキル基に交換したCHAを合成しました(初合成は近藤 圭博士)。この分子はV型の疎水性骨格とその凸部に3つの親水基を持ちます(図1d)。CHAを水に加えると、V型骨格同士の相互作用により、瞬時に水溶性の分子集合体 (CHA)n が形成しました(図2左)。生成物は約2nmサイズで、約12個のCHAからなる球状構造体であることが各種分析で示されました(図2右)。また、既報のAAから形成する芳香環ミセル(図1c)と異なり、このシクロアルキルミセル (CHA)n は狙い通り、光吸収帯をほぼ持たないことが判明しました。
![]() |
|||
図2 | 水中での形成するシクロアルキルミセル (CHA)nとその立体構造 (n = 12). |
次に、シクロアルキルミセルの水溶化能を明らかにしました。1nm以上の比較的大きく、水に不溶な3種類の金属錯体(亜鉛錯体と銅錯体、三核金錯体)を選択しました。亜鉛錯体には、機能性色素として様々な誘導体が合成されている代表的なポルフィリンZnTPPを用いました。CHAとZnTPPの固体を乳鉢と乳棒を使って混合し、水を加え、その溶液をろ過することで、内包体(CHA)n•(ZnTPP)mのクリアな紫色溶液を得ました(図3a)。この水溶化効率は、通常のミセルの6倍以上、既報の芳香環ミセルの2倍以上であり、シクロアルキルミセルは優れた水溶化能を持つことが判明しました。また、生成物は約4nmの球状構造体で、多数のZnTPPを内包していることが分かりました(図3右)。
![]() |
|||
図3 |
シクロアルキルミセルの内包よる水溶化:a)ポルフィリン亜鉛錯体ZnTPP と内包体の立体構造 (n = 45, m = 9),b)フタロシアニン銅錯体CuPc-Cl. |
続いて、水および有機溶媒に対して難溶なフタロシアニン銅錯体の選択的な水溶化を達成しました。顔料として利用されるこの金属錯体は、官能基によって異なる色を呈します。上記と同様な操作で、塩素官能基を持つフタロシアニン銅錯体CuPc-Cl(X = Cl)はシクロアルキルミセルに内包されて、緑色の水溶液を与えました(図3b)。一方、官能基を持たない青色のフタロシアニン銅錯体(X = H)やフッ素官能基を持つ銅錯体(X = F)は内包されず、無色の溶液を与えました。すなわち、小さな構造の違いを識別できる新たなミセル機能を見出しました。
最後に、三核金錯体の内包による水中での強発光性の誘起に成功しました。三核金錯体AuPzは、固体状態で積層することで、金-金相互作用に由来する赤色発光を示します。一方、溶液中では積層できないため、全く発光しません(図4左)。注目すべきことに、シクロアルキルミセルに複数のAuPzを効率良く内包することで、水溶液中で初めて、強い赤色発光(量子収率30%以上)を観測できました(図4右)。金属錯体の簡便な水溶化に加えて、効率的な光吸収による金属錯体の光機能の発現も達成しました。
![]() |
|||
図4 |
シクロアルキルミセルによる三核金錯体AuPzの内包と水中での強赤色発光の誘起. |
以上のように、私達はシクロアルキル基を含む両親媒性分子およびその分子集合体のミセルを新規に設計および合成することで、様々な平面状金属錯体を効率良く水溶化するナノ道具を作製しました[1]。今後は、嵩高い多核金属錯体や複雑な高分子などを内包により水溶化できる、さらに便利なナノ道具を開発していきます。
参考文献 | |
[1] | M. Hanafusa, Y. Tsuchida, K. Matsumoto, K. Kondo, M. Yoshizawa*, Nature Commun., 2020, 11, 6061. (リンク:https://www.nature.com/articles/s41467-020-19886-4) |
その他の最近の研究成果 | |
[2] | 不飽和脂肪酸の選択的捕捉:K. Niki, T. Tsutsui, M. Yamashina, M. Akita, M. Yoshizawa*, Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 10489-10492. |
[3] | 分子カプセルの窒素ドーピング:H. Dobashi, L. Catti, Y. Tanaka, M. Akita, M. Yoshizawa*, Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 11881-11885. |
[4] | ボウル型分子の反転運動加速:N. Kishida, K. Matsumoto, Y. Tanaka, M. Akita, H. Sakurai, M. Yoshizawa*, J. Am. Chem. Soc. 2020, 142, 9599-9603. |
[5] | グラフェンナノシートの水溶化:K. Ito, T. Nishioka, M. Akita, A. Kuzume, K. Yamamoto, M. Yoshizawa*, Chem. Sci. 2020, 11, 6752-6757. |
[6] | 分子内包による異性化制御:T. Tsutsui, L. Catti, K. Yoza, M. Yoshizawa*, Chem. Sci. 2020, 11, 8145-8150. |
[7] | カルバゾールカプセルの開発:K. Kudo, T. Ide*, N. Kishida, M. Yoshizawa*, Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, in press. |