東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2021.08.02
  • 西山・三浦研究室

ポリフェノールを基盤とした自己会合型ナノキャリアの構築とタンパク質送達システムへの展開

 近年生理活性タンパク質は、がんをはじめとする難病に対する治療薬として大きな期待を集めています。しかしながら、酵素分解および異物として免疫細胞に貪食されてしまうために血中滞留性に乏しく、期待されるほど薬効が得られていないのが現状です 1。 これらの課題を解決する方法として、ナノ粒子にタンパク質を内包させることで、異物認識および酵素分解を防ぐタンパク質送達システムが数多く報告されています 1。例えば、タンパク質を脂質二重層で構成されたリポソームや高分子ナノ粒子に物理的に搭載する方法などがあります。これらのタンパク質送達システムに加えて、私達は近年水中で簡便に構築できる新しいナノ粒子を開発し、タンパク質送達システムへの展開を図りました 2

 ナノ粒子を構築するに当たり、身近な材料あるポリフェノールの接着性に着目しました。ポリフェノールは、植物に含まれている天然物であり、お茶やワインなど私達が普段から摂取している物にも含まれており、カテキンやクルクミンなどがその例として挙げられます (図1a, b)。これらポリフェノール類は活性酸素の除去機能があり、美容や動脈硬化予防など様々な生理活性を備えています。それに加えてポリフェノールの特徴として、生体組織に接着性(収れん作用)が挙げられます。収れん作用とは、ポリフェノールが舌などの生体組織と疎水性相互作用と水素結合を介して接着することで生じるもので、ワインやお茶などを飲んだときに渋みを感じるときに起こる現象です(図1c) 3。この収れん作用をナノスケールで利用することで、タンパク質送達システムを構築できないかと考えました。具体的には、ポリフェノールの一つで10個のガロイル基で構成されているタンニン酸(TA, 図1d)を、水中でタンパク質と混合することで安定したタンパク質/TA複合体を形成させ、タンパク質を保護するという方法です。しかしながら、タンニン酸は血管壁や生体成分などとも相互作用してしまうことから、単体では薬物送達システムとしての利用が困難です。

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図1 (a) epigallocatechin gallate, (b) curcuminと(d) tannic acid (TA)の化学構造式. (c) 収れん作用のメカニズム.


 そこで、私達はタンニン酸とエステル結合を形成するボロン酸導入高分子を組み合わせることで、タンパク質送達システムとしての展開することを模索しました (図2)。ボロン酸はガロイル構造と水中でボロン酸エステルを形成するため、ボロン酸を導入した高分子とタンパク質/TA複合体を組み合わせることで、高分子をシェルとした新しい複合体が構築出来ないかと考えました。ボロン酸導入高分子は、poly(ethylene glycol)-poly(L-Lysine)という生体適合性高分子の側鎖に複数のフェニルボロン酸を導入することで設計しました。この設計したボロン酸導入高分子をタンパク/TA複合体と水中で混合したところ、粒子径が大幅に増加したことから、水中で自己会合的にタンパク質/TA/ボロン酸導入高分子三元系複合体を構築することが示されました(図3a)。さらに、詳細な構造解析を行ったところ、この三元系複合体は1分子のタンパク質を搭載した複合体を形成することが明らかになりました。また、調整した複合体と生体成分の相互作用を評価したところ、タンパク質/TA複合体は血中成分と非特異的に相互作用した一方、タンパク質三元系複合体は血清成分と相互作用しないことが確認されました(図3b)。これは、ボロン酸導入高分子がシェルとして機能してすることで、生体成分との相互作用を抑制したためです。

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図2 ポリフェノールを基盤とした自己会合型ナノキャリアの概要図.

 

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図3 タンパク質三元系複合体の物性評価. (a) 流体力学径と(b) 血清成分中での安定性 (蛍光分光相関法にて算出).


 最後に、この複合体をマウスに静脈注射して体内動態を評価しました (図4)。タンパク質三元系複合体は、タンパク質単体およびタンパク質/TA複合体と比べて、血中滞留性が大幅に向上することが示されました。これは、生体内でもタンパク質三元系複合体が安定して形成することを裏付けるもので、実際に投与後のタンパク質三元系複合体の粒子経を測定したところ、試験管内で調整した三元系複合体と同等の大きさを示しました。この安定した複合体形成および長期血中滞留性によって、三元系複合体の腫瘍集積量はタンパク質単体などと比べて大幅に向上する結果が得られました。

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図4 体内動態. (a) 血中滞留性, (b) 試験管内と血中環境でのタンパク質三元系複合体の安定性と(c) 腫瘍集積性.

 これらより、タンニン酸とボロン酸導入高分子は水中でタンパク質と混合するだけで、自己会合的にコアシェル型の複合体を形成して、タンパク質送達システムとして機能することが明らかになりました。さらに、この複合体は細胞のエンドソームpH (~5.5)および細胞内に存在する分子 (ATP)に応答して解離する性質を示しました。これによって、この三元系複合体はタンパク質を疾病箇所へ送達するだけでなく、疾病箇所の細胞内に集積した後、解離する可能性を示しました。また、この三元系複合体はタンパク質だけでなく、遺伝子ベクターや無機粒子など様々な分子を搭載できる汎用性を持っていることから、今後さらなる応用展開が期待できます。

以上の研究成果は、米国化学会のBiomacromolecules誌に発表しました2(図5)。

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図5 タンパク質三元系複合体が腫瘍に集積している様子を描いた表紙

1. Pisal, D. S.; Kosloski, M. P.; Balu-Iyer, S. V. Delivery of Therapeutic Proteins. J. Pharm. Sci. 2010, 99 (6), 2557−2575.
2. Honda, Y.; Nomoto, T; Matsui, M.; Takemoto, H.; Kaihara, Y.; Miura, Y.; Nishiyama. N. Sequential Self-Assembly Using Tannic Acid and Phenylboronic Acid-Modified Copolymers for Potential Protein Delivery. Biomacro. 2020, 21 (9), 3826-3835.
3. Ma, S.; Lee, H.; Liang, Y.; Zhou, F. Astringent Mouthfeel as a Consequence of Lubrication Failure, Angew. Chem. Int. Ed. 2016, 55, 5793 -5797

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