東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2021.10.01

電子とホールを自由に操る有機金属分子ワイヤー

シリコン半導体では電子を輸送するn型半導体とホールを輸送するp型半導体があり、これらを巧みに組み合わせることでスマートフォンやコンピュータに搭載されている集積回路を構築しています。一方、有機物においては電子とホールのどちらの伝導キャリアを好むかはその分子構造に起因しており、これらを自在に操ることができれば、分子を基盤とした電子回路(=分子デバイス)の材料として応用できると期待されています。一般的に分子の伝導キャリアはその母骨格や分子と電極の接合末端に大きく依存します[1]。今回、我々は分子の一部分を修飾するだけで簡便に伝導キャリアを制御できる分子を開発したので、以下、詳細を報告します(図1)。なお本研究は(公財)松前国際友好財団の助成を受けて来日したカリヤニ大学(インド)Chattopadhyay博士と当研究室の小川詩織さんの共同の成果です[2]。

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図1. 電子とホールを自由に制御可能な分子ワイヤー

 当研究室では、これまでに金属-炭素結合を有する有機金属分子ワイヤーが高い単分子電気伝導特性を示すことを報告してきました[3,4]。またChattopadhyay博士は金属―金属結合を持つ多核錯体を広く研究していました[5]。そこで私たちは新たにパドルホイール型二核ルテニウム分子ワイヤーの設計と合成検討を行いました(図2)。二つのルテニウムをつなぐアミジナト配位子がパドルホイール(外輪船の外輪)に似ていることからこの名前が用いられてます。アミジナト配位子の末端のベンゼン環上に様々な置換基を修飾することによる伝導特性の評価を行いました。また金電極との接合のためにチオメチル基を伝導主鎖の末端に導入しています。

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図2. (上)パドルホイール型二核ルテニウム分子ワイヤーの電極架橋構造と(下)結晶構造

 単分子電気伝導度計測をSTMブレイクジャンクション法により行いました。置換基の電子供与性・求引性の指標となるハメットパラメータと伝導度のプロットでは、電子供与性のOMe置換基と電子求引性のCF3置換基を持つ化合物の伝導度が大きく、U字型の傾向を示すことが明らかとなりました(図3)。これはn型やp型の分子で予想される単調増加や単調減少とは全く異なる傾向です。この理由を明らかにするべく計算科学による伝導軌道の見積もりを行いました。この結果OMe置換基ではHOMO伝導(p型=ホール輸送)、CF3置換基ではLUMO伝導(n型=電子輸送)により伝導することが明らかとなりました。本研究は置換基を変えるだけで伝導キャリアを制御した初めての例となります。

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図3. (上)伝導度とハメットパラメータの相関と(下)OMe体とCF3体の伝導軌道

 このような現象が生じた理由について電気化学的、分光学的な検証を行った結果、HOMO-LUMO差が約1 eVと一般的な有機分子などに比べて極めて小さいことが明らかとなりました。これによりHOMOおよびLUMOのどちらも電極のフェルミ準位に近い位置にあり、そのためにOMe置換基ではHOMOが、CF3置換基ではLUMOが最近接するフロンティア軌道となることがわかりました(図4)。この狭いHOMO-LUMO差は金属―金属結合に由来し、これが特異な置換基効果を引き起こした理由であると考えています。

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図4. 伝導軌道が置換基で変化するメカニズム

 以上、本研究では置換基によって簡便に伝導キャリアを制御可能な分子を開発しました。伝導キャリアを制御可能な分子は分子デバイスだけではなく、熱電材料など多様な用途への応用が期待できます。今後はより高い伝導性や熱電特性を示す分子へとつながる分子へ展開することを目指して研究を進めていきたいと思います。



引用文献

[1] S. Park, H. Kang, H. J. Yoon, J. Mater. Chem. A, 2019, 7, 14419-14446.
[2] S. Ogawa, S. Chattopadhyay, Y. Tanaka, T. Ohto, T. Tada, H. Tada, S. Fujii, T. Nishino, M. Akita, Chem. Sci. 2021, 12, 10871-10877.
[3] Y. Tanaka, Y. Kato, T. Tada, S. Fujii, M. Kiguchi, M. Akita, J. Am. Chem. Soc., 2018, 140, 10080-10084.
[4] Y. Tanaka, Y. Kato, K Sugimoto., R. Kawano, T. Tada, S. Fujii, M. Kiguchi, M. Akita, Chem. Sci. 2021, 12, 4338-4344.
[5] S. Mallick, M. K. Ghosh, S. Mandal, V. Rane, R. Kadam, A. Chatterjee, A. Bhattacharyya, S. Chattopadhyay, Dalton Trans. 2017, 46, 5670-5679.

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