東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

NEWS & TOPICS

NEWS & TOPICS

最新の研究

  • 2021.12.01
  • 山元・今岡研究室

複数の原子からなる分子の周期表
「ナノ物質周期表」を発見

【背景】

 原子が持つ物理的・化学的性質の周期的な変化を表す元素周期表は、約150年前にメンデレーエフにより提案された後、長らく自然科学の発展に大きく貢献してきました。元素の持つ電子配置を起源とする周期律に基づいて、現在では118種類もの元素が発見され、元素周期表に加えられています。一方で、単一の原子の性質を取り扱う従来の周期表と同じように、複数の原子からなる高次の物質(分子)でもこのような周期律が発見されれば、物質科学の世界を切り拓く上で非常に有用な指標となります。しかし、これまでこのような原子より大きなスケールの物質では、その性質を支配する原理や法則は見出されていませんでした。これは複数の原子からなる物質が、大きさ・組成・形などの様々な要素を持っていることが原因で、単一の原子とは対照的に単純な分類を行うことが困難であったためです。

 今回、我々は、コンピューターシミュレーションを用いた理論化学的手法に基づき、分子などの微小な物質(ナノ物質)が持つエネルギー状態を記述する「対称適合軌道モデル」を開発しました。このモデルは、ナノ物質が持つ様々な幾何学的対称性に着目した新しいアプローチを採用することで、それらの形状や性質などを従来よりも正確に予測することを可能にしました。さらに、この理論モデルにより、複数の原子からなる高次の物質の間にも元素のような周期律が存在することが発見され、この周期律を元素周期表と類似の「ナノ物質の周期表」として表すことに初めて成功しました[1-4]。

【結果】

 今回、数個~数十個の原子から構成される微小な物質(ナノ物質)が持つ幾何学的対称性(形)に着目し、コンピューターシミュレーションと群論を応用することで、様々なナノ物質のエネルギー状態(電子軌道)を正確に予測する「対称適合軌道モデル」を開発しました。特に、正二十面体型・正八面体型・正四面体型をはじめとした高い対称性を持つナノ物質について調べてみると、これまで予測が困難とされていた物質の中にもある一定の法則があることがわかってきました。対称性の高い物質が持つ軌道は原子の軌道の形にとてもよく似ており、同じ対称性を持つ物質に絞って見ると、軌道の形やエネルギーの順番が皆同じになっていることがわかりました(図1)。さらに、他の対称性についても見てみると、物質が持つ対称性ごとに軌道の形と軌道のエネルギーの順番は、ナノ物質の対称性によってそれぞれ異なることも明らかになりました(図2)。この法則を利用してナノ物質の予測を行うモデルが「対称適合軌道モデル」で、これまで困難であったナノ物質の形状・性質・安定性などを系統的に予測を行うことができます。

202112Fig01_s.jpg
図1 四面体型ナノ物質(Sb4、Zn10、Au20)の軌道。ナノ物質が持つ原子の数や元素の種類が異なっても、対称性が同じであれば、軌道のエネルギーの順番や軌道の形が皆同じになることがわかります[4]。

202112Fig02_s.jpg
図2 様々な対称性を持つナノ物質の軌道。対称性によって、軌道のエネルギーの順番がそれぞれ異なることがわかる[4]。

 さらに、今回発見されたナノ物質の新たな周期律を、ナノ物質が持つ要素(原子数・電子数・元素種など)ごとにまとめることで、元素周期表に類似した「ナノ物質の周期表」として表すことに初めて成功しました(図3)。この「ナノ物質の周期表」は、従来の元素周期表に現れる「族」「周期」に加え、「類」「種」という新たな軸を持つ多次元の周期表で、実在の化学物質や天然物を始めとして、これまで多様な化学分野で検討されてきた様々な既知物質を一つの表の中に統合することができます。また同時に、この表を指針とすることで、未発見のナノ物質の設計や探索に応用することもできます。こうした高次の周期表は、ここに示すものだけでなく、ナノ物質の持つ幾何学対称性ごとに異なるものが存在することも明らかになりました。

202112Fig03_s.jpg
図3 四面体型ナノ物質の周期表の一例。「族」「周期」「類」「種」の四つの次元を持つこのような高次の周期表が、異なる対称性ごとに存在しています。これまで発見・合成されてきた様々なナノ物質を、本理論モデルによって一つの表の中に統合することができます[4]。

【まとめ】

 ナノ物質を構成する原子の個数や元素の種類、元素の比率には、無限大の組み合わせが存在しますが、今回見つかった「ナノ物質の周期表」を指針とすることで、その無限大の組み合わせの中から、今まで検討されてこなかった未知の物質や新たな機能材料の発見が期待できます。現在、これまで困難とされていたナノ物質の実験的な合成手法の確立にも力を入れており、徐々にナノ物質の物性が明らかになってきています[5-8]。今後は、独自の実験技術と設計理論[1-4,9]を組み合わせることで、全く新しいナノ物質の創成を目指します。
本研究は、JST-ERATO山元アトムハイブリッドプロジェクトとの共同研究の成果も含めて、まとめたものである。

【参考文献】

[1] T. Tsukamoto, N. Haruta, T. Kambe, A. Kuzume & K. Yamamoto Nature Commun.2019, 10, 3727.
[2] T. Tsukamoto, T. Kambe, T. Imaoka, K. Yamamoto Nature Rev. Chem.2021, 5, 338-347.
[3] 塚本 孝政 化学と工業2021, 74, 782-783.
(HP: https://www.chemistry.or.jp/journal/ci21p782.pdf)
[4] 塚本 孝政、春田 直毅、山元 公寿academistJournal2019.
(HP: https://academist-cf.com/journal/?p=11982)
[5] T. Tsukamoto, T. Kambe, A. Nakao, T. Imaoka, K. Yamamoto: Nature Commun. 9, 3873 (2018).
[6] T. Tsukamoto, T. Imaoka, K. Yamamoto: Acc. Chem. Res. (2021) in press.
[7] T. Tsukamoto, A. Kuzume, M. Nagasaka, T. Kambe, K. Yamamoto: J. Am. Chem. Soc. 142, 19078 (2020).
[8] T. Moriai, T. Tsukamoto, M. Tanabe, T. Kambe, K. Yamamoto: Angew. Chem. Int. Ed. 59, 23051 (2020).
[9] N. Haruta, T. Tsukamoto, A. Kuzume, T. Kambe, K. Yamamoto: Nature Commun. 9, 3758 (2018).

ページトップへ