東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2022.01.13
  • 福島・庄子研究室

ホウ素-ホウ素結合の回転が織りなす二重蛍光と溶媒粘度センシング機能

 ホウ素化合物の構造や性質は、その電子欠損性とホウ素の低い電気陰性度に特徴づけられます。例えば中性3配位のホウ素化合物はボランと呼ばれ、ホウ素原子上に空の2p軌道があるため強いルイス酸性・電子受容性を示します(図1a)。我々は、ホウ素の空軌道の特性を最大限に活用できる化学種の創製と反応開発に取り組んできました。これまでに開発した化合物の例に、ホウ素が結合の手を2本しかもたないカチオン性化合物「ボリニウムイオン」があります(図1a,b)[1]。このボリニウムイオン(Mes2B+)は、CO2の安定なC=O二重結合を室温で容易に切断するなど、特異な反応を示すことがわかっています。Mes2B+ の興味深い性質は、ホウ素原子上に二つの空の2p軌道をもつ異常な電子欠損構造にあると考えられます。

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Fig. 1.
(a) Schematic illustrations of boron species. The lobes on the boron atoms represent vacant 2p orbitals. (b) Chemical structure of diarylborinium ion Mes2B+.

 二つ空の2p軌道が相関したホウ素化合物の他の例として、ホウ素-ホウ素結合を有するジボラン(4)が挙げられます(図1a)。ビス(ピナコラート)ジボロンに代表されるように、これまでに報告されているジボラン(4) 誘導体のほとんどは、ホウ素原子上の置換基から電子対を受け取り安定化されたものでした。一方、ホウ素上に芳香環のみが置換したテトラアリールジボラン(4) 誘導体も数例報告されていますが、いずれも、大気中で容易に加水分解され分解してしまいます[2]。ジボラン(4)がもつ隣り合った二つの空軌道の性質を引き出すためには、電子対を供与できる置換基を使わず、かつ化学的安定性を実現できる分子設計が望まれます。

 その糸口となったのが、前述のボリニウムイオン Mes2B+ です。我々は、このMes2B+ をリチウム金属で還元すると、分子間でホウ素-ホウ素結合が形成されることを見いだしました。この新規合成法により、4つのメシチル基(2,4,6-トリメチルフェニル基)で高度に立体保護されたテトラアリールジボラン(4) Mes4B2 を合成することに成功しました(図2a)[3]。 Mes4B2 の結晶構造を見ると、ホウ素-ホウ素結合がメシチル基でほぼ完全に覆われています(図2b)。特筆すべきことに、Mes4B2 は、テトラアリールジボラン(4)としては例外的に水中でも分解しません。この優れた化学安定性により、Mes4B2 の性質を詳細に調べることが可能になりました。

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Fig. 2.
(a) Synthesis of tetraaryldiborane(4) Mes4B2 by the reductive coupling of borinium ion Mes2B+. (b) Crystal structure of Mes4B2 (left: thermal ellipsoid, right: CPK description).

 興味深いことに、Mes4B2は鮮やかなオレンジ色の蛍光発光を示しました。Mes4B2のシンプルな分子構造からは予想していなかった挙動です。Mes4B2の発光挙動をより詳しく調べると、観測されたオレンジ色の蛍光発光には、強度の小さい短波長側(λmax = 460 nm)と、強度の大きい長波長側(λmax = 620 nm)の二つの発光帯が含まれていることがわかりました(図3a)。すなわち、Mes4B2は二重蛍光を示します。

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Fig. 3.
(a) Fluorescence spectra of Mes4B2 in in ethanol/glycerol (3.0/0.0 to 0.5/2.5 v/v) at 25 °C (𝜆ex = 360 nm). (b). Calculated equilibrium structures of Mes4B2 in the excited S1 state.

 Mes4B2の発光挙動を理解するために、基底(S0)状態および励起(S1)状態におけるMes4B2のコンホメーションとエネルギーを計算しました。その結果、(1) S0およびS1状態のいずれにおいてもホウ素-ホウ素結合の回転が低い活性化障壁で起き得ること、および (2) S1状態では、ツイスト型および平面型の二つの平衡構造があることがわかりました(図3b)。さらに、(3) 短波長側および長波長側の蛍光発光は、ツイスト型および平面型構造に由来することがわかりました。S0状態における最安定構造はツイスト型に近い直交型の構造ですが、S1状態における最安定構造は平面型構造です。よって、Mes4B2の光励起によりホウ素-ホウ素結合の回転ダイナミクスが誘起され、二重蛍光性が生じていると考えられます。

 この計算結果から予想されるように、Mes4B2の二重蛍光の相対強度は溶媒の粘度に大きく影響されることがわかりました。具体的には、低粘度のエタノールのみを溶媒とした場合と比較して、高粘度のグリセロールをエタノールに混合した溶媒を用いた場合には、長波長側の発光(λmax = 620 nm, 平面型構造に由来)と比較して、短波長側の発光(λmax = 460 nm, ツイスト型構造に由来)の相対発光強度が増大しました(図3a)。すなわち、Mes4B2はレシオメトリックに溶媒粘度を可視化できるセンサーとして振る舞います。これは、高粘度溶媒中ではホウ素-ホウ素結合の回転ダイナミクスが抑制されるためと考えられます。

 Mes4B2の二重蛍光挙動は、固体の状態にも大きく影響されます。真空蒸着によりMes4B2の薄膜を作製すると、アモルファス薄膜が得られます。このアモルファス薄膜を80 °Cで加熱すると、徐々に結晶化します。この結晶化過程で薄膜の発光を観察すると、アモルファス薄膜では全体がオレンジ色の発光(λmax = 620 nm, 平面型構造に由来)を示しますが、結晶化に伴い、結晶化した部分は青色発光(λmax = 460 nm, ツイスト型構造に由来)を示すようになり、最終的には薄膜全体が結晶化し青色発光のみが観測されます(図4)。アモルファス状態ではホウ素-ホウ素結合の回転ダイナミクスが許容されるのに対し、結晶状態では分子運動が抑制されることが、このような明確な蛍光発光変化を生じる要因と考えられます。

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Fig. 4.
Photographs of an evaporated film of Mes4B2 before and after annealing at 80 °C

 以上、高い化学的安定性をもったMes4B2の合成に成功し、ホウ素-ホウ素結合の回転ダイナミクスに基づく二重蛍光発光と粘度センシング機能という興味深い性質を明らかにすることができました。現在、Mes4B2を用いて、化学反応性の面から「隣り合った空の2p軌道」の新たな性質を探求する研究に取り組んでいます。

 

 ジボラン(4)の研究以外にも、ホウ素の特性を活かした反応や物質開発に関する様々な研究が進行中です。最近では、ボランとオレフィンとの間の近接相互作用を示す含ホウ素マクロサイクルの合成(図5a)[4]、C=C結合をB-N結合に置き換えたB2N2-ヘテロシクロブタジエンの特異な発光挙動(図5b)[5]、B4N4-ヘテロペンタレンの合成とOLEDへの応用(図5c)[6]などを報告しています。ご興味を持って頂けましたら併せてご覧ください。

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Fig. 5.
(a) Boron-containing macrocycle exhibiting a strong borane-olefin proximity interaction[4]. (b) B2N2-heterocyclobutadiene emitting blue phosphorescence in solution at room temperature[5]. (c) B4N4-heteropentalene that can serve as a host material for OLED[6].

References

[1] Y. Shoji, N. Tanaka, K. Mikami, M. Uchiyama, T. Fukushima, Nat. Chem. 2014, 6, 498-503. (https://www.nature.com/articles/nchem.1948)
[2] (a) A. Moezzi, M. M. Olmstead, P. P. Power, J. Am. Chem. Soc. 1992, 114, 2715-2717. (b) N. Tsukahara, H. Asakawa, K.-H. Lee, Z. Lin, M. Yamashita, J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 2593-2596. (c) T. Araki, M. Hirai, A. Wakamiya, W. E. Piers, S. Yamaguchi, Chem. Lett. 2017, 46, 1714. (d) F. Ge, X. Tao, C. G. Daniliuc, G. Kehr, G. Erker, Angew. Chem. Int. Ed. 2018, 57, 14570-14574.
[3] Y. Shoji, N. Tanaka, Y. Ikabata, H. Sakai, T. Hasobe, N. Koch, H. Nakai, T. Fukushima, Angew. Chem. Int. Ed. 2022, 61, e202113549. (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/anie.202113549)
[4] Y. Murata, K. Matsunagi, J. Kashida, Y. Shoji, C. Özen, S. Maeda, T. Fukushima, Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 14630-14635. (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/anie.202103512)
[5] Y. Shoji, Y. Ikabata, I. Ryzhii, R. Ayub, O. El Bakouri, T. Sato, Q. Wang, T. Miura, B. S. B. Karunathilaka, Y. Tsuchiya, C. Adachi, H. Ottosson, H. Nakai, T. Ikoma, T. Fukushima, Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 21817-21823. (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/anie.202106490)
[6] J. Kashida, Y. Shoji, Y. Ikabata, H. Taka, H. Sakai, T. Hasobe, H. Nakai, T. Fukushima, Angew. Chem. Int. Ed. 2021, 60, 23812-23818. (https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1002/anie.202110050)
    

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