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- 2022.06.22
- 宍戸・久保研究室
曲がるフィルムの表面ナノひずみ計測法の開発と ひずみ制御フィルムによるフレキシブル電子デバイスの破壊抑制
フレキシブル電子デバイスは、フレキシブルエレクトロニクスやソフトロボティクスなどにおける新たなデバイス形態として注目されています。デバイスは、フレキシブルフィルム上に導電材料を構築することで作製されており、柔軟に変形する際に各構成材料が破壊しないことが求められます。デバイスが曲がるとフィルム表面は大きくひずみます(フィルムの外側は膨張し、内側は収縮する)。この表面ひずみが導電材料のひずみ限界を超えると、フレキシブルデバイスは壊れてしまいます(図1a左)。金属は1~3%のひずみで、半導体は1~2%のひずみで破壊することが知られています(図1b)。
一般的なフィルムの表面ひずみは厚さに比例するため、フレキシブルデバイスの破壊を抑制するアプローチとして、フィルムの厚みを極力薄く(10 µm以下;髪の毛の1/5程度)にすることで、表面ひずみをできるだけ小さくする手法が用いられてきました。これまで、埋め込み可能なインプランタブルデバイスや身に着けることのできるウェアラブルデバイスが開発されています。しかし、曲がるスマートフォンやタブレットなどのフォルダブルデバイスの開発を指向した場合、フィルムを超薄膜化する手段はデバイスの使いやすさや堅牢性・耐久性の観点から難しいのが現状です。表面ひずみが小さく、ある程度の厚さ(100 µm = 0.1 mm以上)をもつフィルム(図1a右、図1b)の実現が求められていますが、デバイス構造設計において重要な指標となるフレキシブルフィルムの表面ひずみを定量計測することは依然として困難です。
今回われわれは、大きく曲がるフィルムの表面ひずみを簡便に定量計測できる手法「表面ラベルグレーティング法」の開発に成功しました(図2)[1-4]。回折格子と呼ばれる数マイクロメートル周期の凹凸を持つ極薄膜ラベルをフィルム表面に貼り付けます。このフィルムにレーザー光を入射すると、凹凸の周期に応じて光が回折します。フィルムを曲げながら、回折角を計測することによりフィルムの表面ひずみを高精度で計測でき、0.01%以下のひずみ(ナノメートル単位の動き)を定量化することに成功しました[1]。本計測法は、表面が滑らかであれば、原理的に対象物を問わない利点があります。プラスチックだけでなく、ガラスや金属等の異種物質を積み重ねた積層フィルムの表面ひずみの計測にも成功し、汎用性の高い手法であることを実証しています。
さらに、実デバイスにおける破壊抑制へと展開するために、スマートフォンの保護フィルムに使用されるハードコートフィルムの表面ひずみを計測しました。フィルムの曲げに伴い、表面ひずみが1.45%に達すると割れることが明らかになりました。この指標をもとに、二枚のフィルムで、柔軟なフィルムをサンドイッチした三層構造をもつフィルムを設計しました。三層フィルムは大きく曲げても1%程度しかひずまないことがわかりました。ハードコートフィルム作製に三層フィルムを使用することで曲げても割れないハードコートフィルムの開発に成功しました。三層フィルムは200 µmの厚さをもっており、フレキシブルデバイスに使用される通常のフィルムよりも数倍厚いものの、表面ひずみは60%程度小さくなりました。東京大学大学院の竹谷教授らの半導体転写技術を応用して、三層フィルム上に有機トランジスタを構築したところ、開発したフレキシブルトランジスタは曲げてもデバイス機能がほとんど低下しないことがわかりました。
表面ラベルグレーティング法の研究以外にも、フレキシブル材料の変形挙動計測・解析に関する様々な研究に取り組んでいます。最近では、「物質・デバイス領域共同研究拠点」の共同研究プログラムの助成を受け、立命館大学の堤治教授らとともに、コレステリック液晶を利用したひずみ計測についても報告しています [5,6]。コレステリック液晶は自発的にナノ周期構造を形成し、その周期に依存した特定の色の光を反射します(図3)。力や熱などの外部刺激で周期が変わるため、反射色による変形挙動解析が可能です。
フレキシブル積層デバイスでは、デバイス表面のみならず内部での素子破壊により、デバイス機能が劣化することもあります。デバイス内部のひずみ情報を検出するアプローチとして、コレステリック液晶を利用しました。積層フィルム内部へコレステリック液晶フィルムを配置することで、フィルム中央に位置している一般的に考えられている中立面(ひずみの生じない面)の移動を直接計測することに成功しました(図4)[6]。この計測結果に基づき、金薄膜を中立面近傍に蒸着し曲げに伴う抵抗値変化を測定しました。変形により移動する中立面位置に合わせて金薄膜を構築することで、大きく曲げた際の抵抗値変化・破壊を抑制することに成功し、積層デバイスの破壊抑制に繋がる設計指針を提案しました。
現在、曲がるスマートフォンの開発が進んでおり、曲がっても機能し続けるフレキシブル材料や電子部材の需要が加速的に増大しています。変形により生じるひずみの簡便な計測法が開発できれば、これまでの勘と経験に頼った素材・デバイス開発から脱却し、明確な定量指標のもと材料設計が可能となり、研究開発の飛躍的な高速化に繋がります。今後はフレキシブルデバイスのみならず、ソフトロボットなどへの応用も期待されています。
References
[1] | R. Taguchi, N. Akamatsu, K. Kuwahara, K. Tokumitsu, Y. Kobayashi, M. Kishino, K. Yaegashi, J. Takeya, A. Shishido, Adv. Mater. Interfaces, 8, 2001662 (2021). |
[2] | 宍戸 厚,コンバーテック, 加工技術研究会, 49, 64-66 (2021). |
[3] | K. Kuwahara, R. Taguchi, M. Kishino, N. Akamatsu, K. Tokumitsu, A. Shishido, Appl. Phys. Express, 13, 056502 (2020). |
[4] | 田口 諒・赤松 範久・宍戸 厚, 次世代ディスプレイへの応用に向けた材料、プロセス技術の開発動向, 技術情報協会, 118-128 (2020). |
[5] | K. Hisano, S. Kimura, K. Ku, T. Shigeyama, N. Akamatsu, A. Shishido, O. Tsutsumi, Adv. Funct. Mater., 31, 2104702 (2021). |
[6] | M. Kishino, N. Akamatsu, R. Taguchi, K. Hisano, K. Kuwahara, O. Tsutsumi, J. Takeya, A. Shishido, Adv. Eng. Mater., in press. DOI: 10.1002/adem.202101041. |