東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2023.02.01
  • 山元・今岡研究室

電子顕微鏡が切り拓く原子とその集合体の化学

 化学反応の本質とは原子間の結合の組み変わりである。誤解を恐れずにいえば、有機化学や錯体化学、無機化学とは典型元素同士あるいは遷移金属と典型元素の結合とその性質を理解する学問と言ってよい。これまでの化学とは物質、つまり安定な分子や固体を単離し、その構造解析や物性評価を行うことにより発展してきた。ところが一方で、多くの金属原子間結合はまだその存在すら確かめられたことがない。なぜなら、その多くは典型元素を含む結合と比較して弱く相分離も起こすため、分子や固体としての単離が困難であるからである。こうした背景のもと、近年の触媒科学では安定に単離できる化合物のみならず、ナノスケール以下のサブナノまで微細化した金属や、ごく短時間生成する非常に小さな原子集合体の重要性が注目されている。しかし理論計算によれば、このような原子集合体は常に同じ静的な構造を有しているわけではなく、極めて頻繁に異性化を繰り返す動的な構造を有すると考えられていた。したがって、これまでの化学で分子や固体の構造を捉えてきたX線構造解析ではその構造が時間で平均化されてしまい、実体を捉えることはできない。サブナノ物質の構造は残念ながら「アモルファス」のひとことで済ませるほかなかったのである。

 このような必ずしも安定でない物質の正体を探求する手法として電子顕微鏡は非常に強力なツールである。2017年にノーベル化学賞を受賞したクライオ電子顕微鏡が生体分子構造解析に巻き起こしたイノベーションは記憶に新しい。近年の収差補正技術の進歩もあり、電子顕微鏡はより小さな化学物質の極限、つまり原子ひとつを実時間で直接観察することができる数少ないツールである。最近では、加速された電子線プローブによる物質の破壊を防ぐための低加速電圧での原子分解能観察も実現されており、これにより原子ダイナミクスの直接観察が可能になってきた。しかし、2000年代後半から2010年代前半に報告された金属原子集合体(クラスター)の観察に関する成果は、物質の定常状態ではなく粒子崩壊の過程とみられるものが多かった。

 我々は白金(Pt)原子が4つ集合したPt4クラスターの、可逆かつ100秒以上に渡る継続的な構造変化を初めて直接観測した[1]。プローブの加速電圧を80 kV以下、電流を10pA以下とすることで原子分解能での長時間の連続撮影が可能になり、可逆な構造変化が観測できた。この低加速低電流プローブを用いた観察は、原子数個からなるクラスターの構造観察のみならず、これまで構造を調べる手段が存在しなかった高分子金属錯体の直接観察など[2]、見えなかったものを見る新しい方法論になっている。Pt4の観察で見出された原子配列構造は何種類かに分類され、定常状態ではその有限個の構造を可逆的に一定の速度で異性化しながら行き来していることが明らかになった。つまり、当初アモルファスと言われていた構造は、構造が時間平均された結果として「見えなくなった」のであり、無秩序構造を意味するアモルファスという言葉は必ずしも適切では無いのかもしれない。現実に、サブナノ粒子には構成原子数に敏感な触媒活性を示す例は多い。こうした特性は、無構造なアモルファス構造では説明がつかず、何かしらの「構造」によるものだと考える必要がある。

Fig.1
図1.
Pt4クラスターの電子顕微鏡像とその構造異性化の様子

 もう少し大きなサイズの原子集合体の観察例として、遷移金属であるモリブデン(Mo)の酸化物・炭化物サブナノ粒子を炭素担体上に系統的に生成させ、その直接観察に成功している[3]。連続的な時間経過観察によりサブナノ粒子の内部のみに存在するMo原子の液体のような動態も可視化された。直径3 nm以上の粒子はβ′-Mo2Cなどの炭化物を形成し、それ以下の粒子は結晶構造をもたない酸炭化物を形成することが判明し、結晶相および組成がサイズに依存して変化することが確認された。このような超微小スケールでのサイズに依存する相変態を実証した初めての成果である。

Fig.2
図2.
炭化モリブデンのナノ〜サブナノスケールにおける構造、組成および原子動態の違い(電子顕微鏡像)

 一方で、化学的に安定な超原子と呼ばれるサブナノ粒子は一般的なサブナノ粒子とは異なる挙動を示すことも明らかにした。Al13と並んでハロゲン様の物性を示す超原子物質であるGa13は、電子顕微鏡観察下では比較的安定な球状の形態を保っていた。内部の原子が動きながら外形も変化する白金サブナノ粒子に対してその違いは顕著である[4]。このように原子動態の観察が超原子のような先端物質材料の探索にも有用であることが見出された。

Fig.03
図3.
グラフェン上のGa13、Ga12およびPt13の電子顕微鏡像

 二種類以上の元素を識別し、その原子動態と結合生成を直接観測することができれば、これまで発見されたことのない多くの物質を見つけ出すことができる。この実現には原子ひとつひとつの元素識別が必要である。電子顕微鏡と組み合わせた元素分析はEDS(エネルギー分散型X線分光法)やEELS(電子エネルギー損失分光法)などが一般的であるが、いずれも単一原子に対しては検出感度が不十分であり、大電流の電子線照射による試料損傷の問題により動く原子に対しては適用が困難である。我々はこうした方法とは異なるADF-STEM(環状暗視野走査型透過電子顕微鏡法)と呼ばれる観察で、その輝度と原子番号が相関を持つ原理を利用し、動画の連続画像解析を駆使した高精度元素識別法を開発した。さまざまな元素からなる二量体・三量体の生成・解離のダイナミクスを、元素を同定しながら原子レベル分解能で直接可視化することに初めて成功している[5]。AuAg、AgCu、AuAgCu(図4)のような異種原子からなる二量体や三量体(分子)も、動く原子を識別することにより直接同定することに成功した。特筆すべき点はAg-CuやAu-Ag-Cuなどバルクで相分離してしまう金属元素の組み合わせであり、こうした金属元素同士でもサブナノスケールでは原子レベルで混合、結合生成することが示された。

 

Fig.4
図4.
電子顕微鏡観察で初めて発見された金銀銅三原子分子

 サブナノスケールの合金化が元素間相乗効果に常に有効であることは、触媒における元素間相乗効果の活用に極めて有用である。バイメタルサブナノ粒子(SNP)とナノ粒子(NP)の36種類の組み合わせについて、原子分解能イメージングおよび電気化学的な水素発生反応(HER)に基づく触媒ベンチマークを用いて系統的に研究した。その結果、SNPはNPよりも常に大きな相乗効果を生み(図5)、最大の相乗効果はPtとZrの組み合わせで得られることがわかった[6]。Zrは大気中の酸素で酸化され酸化物となっているが、それにも関わらずPtとZrはサブナノスケールで均一に原子レベル混合していることは驚くべきことである。最先端の電子顕微鏡を用いることで従来まで見えなかったサブナノ領域の物質構造を明らかにできるようになったことで、原子やその集合体の化学と触媒等への応用はますます加速していくものと期待される。

Fig.5
図5.
水素発生反応(HER)における2元素間相乗効果はサブナノ粒子のほうがナノ粒子よりも強く発現する

参考文献
[1] T. Imaoka, T. Toyonaga, M. Morita, N. Haruta, K. Yamamoto, Chem. Commun. 2019, 55, 4753-4756.
[2] K. Takada, M. Morita, T. Imaoka, J. Kakinuma, K. Albrecht, K. Yamamoto, Sci. Adv. 2021, 7, eabd9887.
[3] M. Wakizaka, A. Atqa, W.-J. Chun, T. Imaoka, K. Yamamoto, Nanoscale 2020, 12, 15814-15822.
[4] T. Kambe, A. Watanabe, M. Li, T. Tsukamoto, T. Imaoka, K. Yamamoto, Adv. Mater. 2020, 32, 1907167.
[5] M. Inazu, Y. Akada, T. Imaoka, Y. Hayashi, C. Takashima, H. Nakai, K. Yamamoto, Nature Commun. 2022, 13, 2968.
[6] Q. Zou, Y. Akada, A. Kuzume, M. Yoshida, T. Imaoka, K. Yamamoto, Angew. Chem. Int. Ed. 2022, 61, e202209675.

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