東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2023.04.03
  • 福島・庄子研究室

剛直なトリプチセン三座配位子を用いた亜鉛酸化物クラスターの構築

 多数の金属イオンが集積して形成されるナノサイズの分子性金属イオンクラスターは、量子効果によって特異な物性を発現することが知られており、その機能開拓が精力的に行われてきました。分子性金属イオンクラスターを精密に合成するためには、クラスターの形成過程の理解が重要です。しかしながら、金属イオンクラスターの合成は、しばしば "serendipitous assembly" と呼ばれることからも明らかなように、有機配位子と金属イオンの自発的な集合に委ねられてきました。金属イオンクラスターの形成機構を理解するためには、最終生成物に至る反応経路を追跡することが有効であると考えられます。これを明らかにすることができれば、金属イオンの集積が配位子の集合化を引き起こすのか、もしくは、配位子の集合化が金属イオンの集積化を引き起こすのかという錯体化学における「鶏と卵」の問題を解決することに繋がります。

 しかし、金属イオンクラスターの合成に一般的に用いられる柔軟な多座配位子を使用した場合、最終生成物に至るエネルギーダイアグラムが複雑になり、構造多形が発生しやすいため、このような試みは困難です。そこで、我々は、配位性官能基の位置や数が固定化された剛直な多座配位子を用いれば、このような問題を解決できる可能性があると考えました。今回我々は、剛直なトリプチセン骨格に対し面選択的に配位性官能基であるカルボキシ基を置換した三座トリプチセン配位子(H3L)を用い、亜鉛イオンとの錯形成による亜鉛酸化物クラスターの構築について検討しました(図1)。金属イオンクラスターの合成に一般的に用いられる柔軟な配位子とは対照的に、トリプチセン三座配位子では配位性官能基が約4.5Åの距離で固定化されています。

Fig.1
Fig. 1. Chemical structure of H3L and a schematic illustration of its three-dimensional structure.

 配位子H3Lと酢酸亜鉛二水和物(6当量)をトリエチルアミン共存下、ジメチルホルムアミド中で加熱することで錯形成を試みました(図2a)。エレクトロスプレーイオン化質量分析(ESI-MS)により反応溶液を分析したところ、単一の生成物に帰属される分子イオンピークが観測されました。再結晶により得た無色六角形の結晶について単結晶X線構造解析をしたところ、トリプチセン配位子4分子により配位安定化された10核亜鉛酸化物クラスターの形成が明らかになりました(図2b)。このクラスターの亜鉛酸化物コアは、10個の亜鉛イオンがオキソイオンで架橋されており、酸化亜鉛の部分骨格を切り出したような構造です(図2c)。

Fig.2
Fig. 2.
(a) Complexation of H3L with Zn(OAc)2•2H2O. (b) Whole structure and (b) the Zn-oxo highlighting the disordering Zn ions with a 1/3 occupancy. (c) Schematic illustration of the Zn(II) arrangement in Zn10.

 クラスターの形成機構をより詳細に検討するため、三座トリプチセン配位子(H3L)に対する酢酸亜鉛二水和物の当量を変え錯形成させました。反応溶液をESI-MSを用いて分析したところ、トリプチセン配位子4分子に対して亜鉛イオンが5〜10個含まれたクラスターに帰属される分子イオンピークが観測されました。酢酸亜鉛二水和物の当量が多いほど、クラスターに含まれる亜鉛イオンの数は増え、6当量以上では10核亜鉛酸化物クラスターに帰属される分子イオンピークのみが得られました。幸運なことに、3種類の単結晶が得ることに成功し、単結晶X線構造解析の結果、5核、7核、8核亜鉛酸化物クラスターの構造を明らかにすることができました(図3)。興味深いことに、これらの5核、7核、8核クラスターの構造は、10核亜鉛酸化物クラスターの構造と類似しています。このことから、ESI-MS測定により観測された5〜9核のクラスターは10核亜鉛酸化物クラスターの中間体ではないかと考えました。

Fig.03
Fig. 3.
X-ray crystal structures of the anionic moieties of (a) Zn5, (b) Zn7, and (c) Zn8. Schematic illustrations of the Zn(II) arrangements in (d) Zn5, (e) Zn7, and (f) Zn8.

 そこで、亜鉛酸化物クラスター形成の時間変化をESI-MSにより追跡しました。その結果、反応開始直後に5核クラスターが形成され、時間経過とともにより大きなクラスターが現れ、最終的に10核亜鉛酸化物クラスターのみに収束していくことが明らかになりました。以上の結果から、10核亜鉛酸化物クラスターの形成について、反応開始直後に4つのトリプチセン配位子と亜鉛イオンの錯形成によって構造明確な配位空間が形成され、そこへ段階的に亜鉛イオンが集積化される機構が明らかになりました(図4)。なぜ10核亜鉛酸化物クラスターよりも大きなクラスターが形成されないのか?それは、10核亜鉛酸化物クラスターが形成された時点で、トリプチセン配位子4分子により形成された配位空間が亜鉛イオンで完全に充填されるため、それ以上の亜鉛イオンを集積化できないためだと考えられます。

Fig.4
Fig. 4.
Schematic illustration of the stepwise accumulation of Zn(II) ions in the coordination space of a pentanuclear Zn-oxo cluster.

 今回我々は、剛直なトリプチセン多座配位子を用いて亜鉛酸化物クラスターの形成機構を解明しました[1]。そして、この系における「鶏と卵」の問題に対して一つの知見をもたらすことができました。現在、トリプチセン多座配位子を用いた様々な遷移金属イオンの精密集積化と機能開拓に挑んでいます 。

References
[1] M. Kato, T. Fukui, H. Sato, Y. Shoji, T. Fukushima, Inorg. Chem. 2022, 8, 3649-3654. (https://doi.org/10.1021/acs.inorgchem.1c03758)

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