東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2023.08.01
  • 北口研究室

パトロール酵母~食中毒を引き起こす有害物質を検出する生きた酵母センサー~

 食品に含まれる毒素やウイルス、バクテリアは、人間にとって大きな脅威である。例えば、保存状態の良くない食品には真菌が存在し、極めて発癌性の高い毒素であるアフラトキシンが生成され、肝臓癌のリスクが生じる。また、生の食品にはO111やO157といった腸管出血性大腸菌による汚染の可能性があり、これを摂食してしまうと重篤な症状を引き起こすことがある。しかしながら、これらの毒素やバクテリアを検出するための既存の分析法は、高価な装置と熟練した技術者を必要とするため、限られた場面でしか利用できなかった。特に、発展途上国では食中毒のリスクを軽減するために、低コストで誰でも簡単に実施できる分析法を確立することが喫緊の課題となっていた。

 一方、以前の研究で哺乳類細胞の膜表面に抗体を受容体として提示するバイオセンサーが開発されていた[1]。しかし、これを誰でも簡単に利用できるバイオセンサーにするためには、さらなる技術革新が必要であった。そこで我々は、哺乳類細胞の代わりに酵母を使用することで、これまでの課題を克服することを目指した。酵母は哺乳類細胞と比べて培養が低コストで容易であり、頑健性にも優れているため乾燥化も可能である。またパンやビールにも使用されており人体に安全なことが知られている。しかしながら、こうした利点があるにも関わらず、酵母を用いたバイオセンサーはこれまで開発されてこなかった。これは、酵母の細胞壁が非常に頑強であり、細胞膜に抗体を提示したとしても、バクテリアやウイルス、タンパク質などの高分子がアクセスできず検出が難しいと考えられていたためである。

 今回我々は、酵母細胞壁の部分的なプロトプラスト化により、この"壁"を破ることに成功し、抗体レセプターとメンブレン型酵母ツーハイブリッドシステム(MbY2H)を組み合わせたバイオセンサー"パトロール酵母"(図1)を開発した[2]。このパトロール酵母は、低分子毒素からバクテリアまで様々な物質の検出が可能であり、食品汚染物質を効率的に同定・監視できる可能性を秘めている。

Fig.1
図1.
パトロール酵母による抗原検出システムの模式図[2]。酵母の細胞壁を通過できないサイズの大きい分析対象物は、ザイモリエースを使った細胞壁の破壊によって受容体(抗体断片)にアクセス可能になる。細胞内の脱ユビキチン化酵素が、抗原結合に伴って再構成されたユビキチンを認識して転写因子(TF)を切り離し、レポーター酵素の遺伝子を活性化する。NubGはI13G変異を持つユビキチンのN末端、CubはユビキチンのC末端領域。

 まず我々は、さまざまな低分子を検出するパトロール酵母を作製し、モデル抗原である骨代謝マーカーBone Gla Protein(BGP)のペプチド断片をはじめ、カフェイン(食品添加物)やアフラトキシン(真菌の毒素)などを検出できることを実証した(図2)。抗体可変領域VHとVL(図2A)や、ラクダ科重鎖抗体のVHHといった抗体断片を受容体部分に用い、抗原の結合に伴って受容体が二量体化することを利用して、レポーター遺伝子であるβ-ガラクトシダーゼ(β-Gal)を活性化し、標的抗原を検出する。実際に、アフラトキシンB1あるいはM1について抗原濃度依存的なβ-Galの活性化による発光値の増大が確認され、実用的な感度で抗原を検出できた(図2B-C)。

Fig.2
図2.
A, パトロール酵母によるアフラトキシン検出の模式図[2]。B, C, アフラトキシンB1あるいはアフラトキシンM1の濃度依存的に発光値が増大した。D2はエリスロポエチン受容体(EpoR)のD2ドメイン、VHは抗体の重鎖可変領域、VLは抗体の軽鎖可変領域、TMは膜貫通ドメイン。

Fig.03
図3.
A, パトロール酵母による大腸菌O157検出の模式図[2]。B, 大腸菌O157の密度依存的に発光値が増大した。scFvは抗体の一本鎖可変断片。

 最後に、パトロール酵母の機能を拡張する目的で分泌型ルシフェラーゼ(CLuc)レポーターシステムを組み込んだ。ここまで述べてきたパトロール酵母では、発光測定のために抗原添加後に酵母を遠心、破砕してβ-Galを溶出させる必要があり手間を要するという課題があった。このCLucシステムではレポーターであるルシフェラーゼが酵母細胞外に分泌されるため、遠心や破砕といった前処理を必要としないシンプルな発光アッセイが可能となり、パトロール酵母をより簡便に扱えるようになる(図4)。実際に、CLucをレポーターとするパトロール酵母を構築し、抗原としてカフェインを添加してそのまま培養上清の発光強度を測定すると、抗原濃度依存的な発光値の増大が確認され、このシステムの有用性を証明できた。

Fig.4
図4.
A, レポーターとしてCLucを分泌するパトロール酵母によるカフェイン検出の模式図[2]。B,カフェインの濃度依存的に発光値が増大した。*は両側Welch t-検定の結果p < 0.005であったことを示す。ΔD2はEpoR D2領域が除去されていることを示す。

 パトロール酵母は、食品や飲料に含まれる毒素やバクテリアを検出するための革新的で実用的な測定ツールとなるだろう。高価な培地を使用し培養に細心の注意を払う必要がある哺乳類細胞と比較して、酵母は大量生産のための最適化が容易であり、手頃な価格で使いやすい細胞である。こうした特長を持つパトロール酵母はカフェインとアフラトキシンの検出において食品汚染規制を満たす良好な感度を示した。さらに、β-Galレポーターを利用するパトロール酵母では、シグナル検出の前に細胞を破壊する必要があったが、分泌型のレポーターCLucを用いることで細胞を破壊することなく簡単な操作で発光測定ができるようになった。低分子毒素からバクテリアまで広範囲のターゲットを高感度に検出できるパトロール酵母は、低コストで誰でも簡単に扱えるツールとして食品安全の分野に大きく貢献することが期待される。

参考文献
[1] Manhas, J., Edelstein, H.I., Leonard, J.N., Morsut, L., 2022. Nat. Chem. Biol. 18, 244-255. DOI: 10.1038/s41589-021-00926-z
[2] Su, J.#, Zhu, B.#, Inoue, A., Oyama, H., Morita, I., Dong, J., Yasuda, T., Sugita-Konishi, Y., Kitaguchi, T., Kobayashi, N., Miyake, S., Ueda H., 2023. Biosens. Bioelectron., 219, 114793. #Equal contributions. DOI: 10.1016/j.bios.2022.114793

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