東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2023.09.01
  • 宍戸・久保研究室

高強度な生体材料を目指したコラーゲン配向フィルム作製方法の開発

 近年の医療技術の発達により、高機能な生体材料の開発について高い関心が寄せられています。これまでに作製されてきた高分子、金属やセラミックス材料をベースにした人工生体材料は、耐久性や易加工性に優れており、人工骨や人工血管などの様々な医療材料として応用されています。しかし、材料自体の生体組織との親和性が低い課題があります。この問題の解決を目指して新たな生体材料の開発が進められているなか、近年注目されているのがコラーゲンです。コラーゲンは、直径1.5 nm、長さ300 nmの三重らせん構造を有する分子であり、自己組織的に会合することで生体内において組織の支持に大きく寄与している物質です。これまでに、コラーゲンをシートやゲル状に加工することにより、皮膚や血管などの人工生体材料として利用する研究が行われています。これらの材料の強度や加工性を向上させるためには、コラーゲン分子を配向させる(並べる)技術の開発が極めて重要です。現在、コラーゲン分子の配向制御法としてエレクトロスピニングや流動配向法などがありますが、大面積での不均一性や操作の複雑性に加えて、強度が天然コラーゲンよりも劣る点に課題が存在しています。

 そこでわれわれの研究グループは、コラーゲンが示す自己組織的な構造形成という特性に着目し、配向コラーゲンフィルムの新たな作製法の開発に成功しました[1]。数十マイクロメートルの凹凸構造を形成した、柔軟な樹脂材料として広く用いられるポリジメチルシロキサン(PDMS)基板上に、一定の濃度となるよう水で希釈したコラーゲン溶液をキャスト(滴下)し乾燥させることでフィルム化します。完全に乾燥させた後、再び基板上にコラーゲン溶液をキャストし乾燥させるプロセスを繰り返すことで、自立膜として保持できる厚さの積層コラーゲンフィルムを作製しました(図1)。

Fig.1
図1.
Schematic illustrations of (a) the fabrication process of the collagen film by drying on a micrometer grooved PDMS substrate and (b) the fabricated film with oriented collagens.[1]

 得られたコラーゲンフィルム(図2a)を偏光顕微鏡により観察したところ、基板の溝方向に依存した明暗が確認でき、溝に沿ってコラーゲン分子が配向していることがわかりました(図2b)。一方、表面に凹凸構造をもたないPDMS基板上で同様の操作により作製したコラーゲンフィルムでは、配向している様子は確認できませんでした。この結果は、基板表面の凹凸構造がコラーゲン分子を並べる上で重要であることを示しています。また、フィルムを一方向に引っ張った際にかかる力を調べました。表面凹凸構造の溝と平行方向に引っ張った場合に、垂直方向に比べておよそ2倍高い弾性率を示しました(図2c)。平行方向の弾性率はおよそ1.3 GPaであり、従来の力学的な配向法により作製される配向コラーゲンフィルムよりも高い弾性率を示すことが明らかになりました。

Fig.2
図2.
(a) Photograph and POM images of a freestanding collagen film (size: 2 cm x 2 cm; thickness: 20 µm) fabricated on the micrometer grooved PDMS substrate. The orange arrows indicate the groove direction in the film. The white arrows denote the direction of the polarizers. (b) Young's moduli of the collagen films fabricated on a substrate with micrometer grooves. In the collagen films fabricated on the micrometer grooved PDMS substrate, the films were elongated parallel or perpendicular to the groove direction. [1]

 さらに、コラーゲンフィルムを真空状態で加熱することで、水に溶けなくする処理についても検討しました。コラーゲンは通常水によく溶けますが、この熱脱水処理を施すことで架橋反応が進行し、水に不溶な状態となります。実際に、作製したコラーゲンフィルムに水を滴下し溶解性を調べたところ、熱脱水処理を行っていないフィルムはすぐに形状が変化しましたが、140 °C12時間加熱したフィルムでは形状変化はみられず、水に不溶となることが確認できました(図3a)。このフィルムの力学的な強度を引張試験により調べると、平行引張の方がより高い弾性率であるという状態は保ったまま、熱脱水処理前の値に比べて弾性率が約60%増加することがわかりました(図3b)。

Fig.03
図3.
Results of the effect on dehydrothermal (DHT) treatment. (a) Photographs of collagen films before and after dropping water on the film. (b) Young's moduli of collagen films as a function of the exposure period of DHT treatment.[1]

 コラーゲンが配向したメカニズムについては、次のように考えています(図4)。コラーゲン溶液を基板上にキャストし乾燥させるプロセスにおいて、溶媒の蒸発に伴い分散状態のコラーゲンが濃縮されます。この濃縮過程で分子間相互作用が増大するため、コラーゲンが自己凝集を起こし線維構造を形成します。その際に表面凹凸構造によって自己組織化の方向が規定され、線維構造の形成方向が揃いコラーゲンの配向が誘起されます。さらに積層操作により、配向したコラーゲン線維構造の上にコラーゲンが自己組織的に整列することで、高密度かつ高強度な配向コラーゲンフィルムが作製できたと考えています。

Fig.4
図4.
Schematic illustrations of the orientation mechanism of collagens on the micrometer grooved PDMS substrate. [1]

 本手法は、表面凹凸基板上でのコラーゲン溶液の乾燥という極めて簡便なプロセスによりコラーゲンの配向を誘起できるため、高強度コラーゲンフィルムの新たな作製法として期待できます。

Reference
[1] M. Aizawa, H. Nakamura, K. Matsumoto, T. Oguma, A. Shishido, Mater. Adv., 2, 6984-6987 (2021).

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