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- 2023.10.01
- 山口・黒木研究室
表面性状を自在に操るポリマー修飾技術とアンチファウリング分離膜への展開
発展途上国をはじめとする世界的な水不足問題は、SDGSの開発目標の一つにも掲げられており、早急に取り組むべき研究領域です。この課題を解決するために、蒸留法などとくらべて低エネルギー、低環境負荷な水処理膜による水製造技術が注目を集めています。ただし、水処理膜の大規模実装には「ファウリング現象」を解決する必要があります。ファウリングとは、水中に含まれる物質の吸着により膜細孔が徐々に塞がり、分離性能と処理水量が減少する現象です。ファウリングの解消には薬品洗浄や逆洗などの専門技術が必要なため、水不足が深刻な地域へのシステム導入の障壁となってきました。
そこで、生体化学分野で生体模倣材料として開発された双性イオンポリマーをブラシ状に膜表面へ修飾し、防汚性を付与する膜修飾技術が注目されています。双性イオンポリマーはブラシ状に修飾すると材料表面に強固な水和層を形成し、夾雑物の吸着を抑制することが可能です。ただし処理水の種類によって最適な修飾状態は異なるため、水質に合わせてポリマー修飾状態を自在にチューニング可能な新しい技術が不可欠でした。そこで今回我々は、原子移動ラジカル重合(ATRP)によって、所望の分子量を有する双性イオンポリマー(poly(2-methacryloyloxyethyl phosphorylcholine): PMPC)を精密合成し、さらに表面への固定反応時に溶媒種によってポリマー鎖の広がりを制御することで、修飾密度を制御する手法を構築しました (Fig. 1)。
Fig. 1. |
Schematic illustration of the precise control of zwitterionic polymer brush onto the membrane surface.
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PMPCは反応溶液中の開始剤/モノマー比率を調整することで分子量を制御し、数千~数万程度の分子量かつ狭い分子量分布(Mw/Mn=1.2)を有する複数のポリマーを合成できました。また我々の独自技術であるプラズマグラフト重合法を活用することで、多孔質膜(polyethylene: PEもしくはpolyethylene terephthalate: PET, 最大孔径~200nm, 膜厚~25µm)の細孔内に反応点を形成しました。ポリマー修飾は、高効率かつ高選択なクリック反応を用いて行い、溶媒種を様々に変化させることで、密度を大きく変化させることに成功しました(Fig. 2a)。ここで、貧溶媒下ではポリマーが収縮状態なので高密度を、また良溶媒下では膨潤状態なので低密度を実現できます。さらに修飾後の膜はいずれも細孔構造が維持されており、アンチファウリング膜への応用が可能であることが示唆されました(Fig. 2b)。
そこでさらに、修飾ポリマーの分子量・密度を変化させた多孔質膜に対し、膜ファウリング試験装置を用いてモデルタンパク質の牛血清アルブミン(BSA: 1 g/l)を膜細孔に透過し、アンチファウリング性能を評価しました。PE膜の場合、入り組んだ細孔構造を有するため透過性変化はほとんど起こりませんが、PET膜の場合には円筒状細孔を有するため、ファウリング挙動を適切に評価することができます。PET膜表面に形成された双性イオンポリマーブラシの違いに着目すると、未修飾の場合にはフラックスの減少が急激に進行し、膜洗浄後もほとんど回復しませんでした。一方、より高分子量かつ密な表面修飾の場合、フラックス減少が抑制されるだけでなく、回復率も非常に高い値となりましたFig. 3a)。初期フラックスに対する洗浄後フラックスをフラックス回復率(Flux Recovery Ratio: FRR)と定義したところ、高分子量かつ高密度なブラシ表面の場合、未修飾膜と比較して6倍以上のFRRを達成できました (Fig. 3b)。
Fig. 3. |
(a) Relative flux of pristine and modified PET membranes as a function of filtration time. (b) flux recovery ratio of the pristine and modified PET membranes after BSA fouling.
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以上より、我々は双性イオンポリマーのブラシ状態の違いに応じた動的なファウリング挙動を観測することに成功しました。このように、修飾ポリマーブラシの分子量と密度を同時に精密制御する技術はこれまでになく、さらに系統的な膜ファウリング現象と相関づける本研究の試みは非常に新しい試みです。ここで紹介した膜表面設計手法は、将来的に各水質に適切な膜修飾状態を実現するための重要な技術になると期待されます。