東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2023.12.01
  • 田中・吉田研究室

レドックス制御系が植物の光合成に果たす必須性

 太陽の光エネルギーを用いて有機物を生産する植物の光合成は、莫大な炭素循環を駆動して地球上の生命活動を支える重要な反応です。固着生活を営む植物は、絶えず変動する光環境の下で柔軟に自身の光合成機能を制御しなければなりません。光合成制御メカニズムの解明は、今日の植物生理科学の中心的課題であると同時に、食糧資源の確保や代替エネルギー生産といった社会要請に応えるためにも喫緊の課題となっています。

 私たちが注目してきた光合成制御メカニズムが、タンパク質の還元・酸化スイッチをベースとした"レドックス制御系"です。この制御系は、原核生物から真核生物まで細胞内に普遍的に存在し、私たちの体内でも働いています。光合成の場である植物の葉の葉緑体にも存在しますが、葉緑体のレドックス制御系は明・暗に依存して働く点が極めて特徴的です(図1A)。葉緑体が光照射を受けると、チラコイド膜で電子伝達反応が駆動され、還元力が生産されます。その還元力の一部が、電子伝達系の構成成分であるフェレドキシン(Fd)からレドックス制御の鍵因子であるチオレドキシン(Trx)を介して、標的となる葉緑体内の酵素に伝達されます(Fd/Trx経路)。還元力を受け取った標的酵素は、スイッチとして働くジスルフィド結合が開裂されて構造が変化し、それに伴って基本的に活性化状態へとシフトします。そして、ATP合成やCO2固定代謝といった光合成の重要ステップに関わる葉緑体の酵素がこの制御を受けます。このような葉緑体のレドックス制御系は、光に応答した光合成反応の活性化機構として古くから理解されてきました(図1A)。

Fig.1
図1
葉緑体レドックス制御系の従来のモデル(A)およびネットワーク状に構成される新モデル(B)。文献1より改変。

 近年になって、葉緑体のレドックス制御系は、従来考えられていたよりもはるかに複雑である可能性が見えてきました(1)。例えば、葉緑体には、共通の活性部位アミノ酸配列(WCGPC)を持ちながらもそれ以外のアミノ酸配列が大きく異なる5つのTrxサブタイプが特有に存在します。その他にも、WCGPCと似て非なるアミノ酸配列を持ついわゆるTrx様タンパク質の存在も、植物のゲノム解析から明らかになってきました。さらに、プロテオミクス研究の進展により、葉緑体の様々な生理機能に関わる数多くの酵素がレドックス制御を受ける可能性が指摘されてきました。このような新たに見出されたレドックス制御系の制御因子群および標的酵素群の多様性は、このシステムが還元力伝達経路をネットワーク状に張り巡らせ、葉緑体機能を体系的に操っていることを示唆しています(図1B)。では、レドックス制御系は実際にどのように構成され、そしてどのような役割を果たしているのでしょうか。これらの疑問を包括的に理解することが、私たちの目標です。最近では、最大のブラックボックスとなっていた"レドックス制御系の酸化側"、すなわち、光が遮られたときに再びタンパク質を酸化型(不活性型)に戻すための分子機構を明らかにしました(2,3)。しかしながら、レドックス制御系の実体解明にはまだまだ研究が必要です。

 これまで実験的に明らかにされてこなかった問いとして、古典的な還元力伝達経路であるFd/Trx経路が本当に植物内で働いているのか、また光合成の調節や植物の生育にどのくらい重要なのか、という点が挙げられます。私たちは最近、このシンプルながらも核心的な問いにアドレスしました(4)

 Fd/Trx経路の重要性が曖昧であった主な要因は、この経路の働きが完全に抑制されたときに植物はどのような影響を受けるのかが分かっていなかったことにあります。この問題をクリアするために、ゲノム編集技術CRISPR/Cas9を活用しました。具体的には、モデル植物であるシロイヌナズナを用いて、Fd/Trx経路の中心で還元力伝達を担うFd-Trx還元酵素(Fd-Trx reductase; FTR)の完全ノックアウト株を作出しました。このFTR変異株では、生育が著しく阻害され、光合成効率の低下や葉緑体の発達異常も観察されました(図2A, B)。さらに私たちは、光合成反応に関与する酵素の酸化還元状態が、光に応じてどのように変化するかを調べました。野生株では、これらの酵素群が光依存的に還元(活性化)された一方、FTR変異株ではそれが完全に抑制されていました(図2C)。これらの結果は、Fd/Trx経路が光に応じた光合成関連酵素の還元・活性化に必須であること、そしてそれが植物の光合成によるバイオマス生産に必須であることを直接的に示しています(4)

Fig.2
図2
Fd/Trx経路の機能抑制が植物(シロイヌナズナ)に与える影響。文献4より改変。
  • (A)野生株(WT)とFTR変異株の生育の表現型
  • (B)電子顕微鏡により観察した葉緑体の微細構造
  • (C)光合成酵素の光に依存した酸化還元応答。チオール基修飾に由来するタンパク質の電気泳動速度の違いから酸化還元状態を識別した。一部の酵素の結果を示す(カルビン・ベンソン回路の酵素であるFBPase, SBPase, PRK)。

 この研究によって、レドックス制御系に関する重要な知見が得られたと言えます。植物が獲得した巧みな生存戦略の理解を基礎科学の観点から確実に推し進めたものであり、光合成機能の強化による農作物のバイオマス生産性の増強といった応用展開のための指針を提供するものでもあります。その一方で、今回の研究では、未知の還元力伝達経路の存在を示唆する予想外の発見もありました。レドックス制御系の全貌を明らかにするためには、さらなる研究が必要です。

参考文献
1. Yoshida K, Hisabori T (2023) Plant Cell Physiol 64: 704-715
2. Yoshida K, Hara A, Sugiura K, Fukaya Y, Hisabori T (2018) PNAS 115: E8296-E8304
3. Yokochi Y, Fukushi Y, Wakabayashi KI, Yoshida K, Hisabori T (2021) PNAS 118: e2114952118
4. Yoshida K, Yokochi Y, Tanaka K, Hisabori T (2022) J Biol Chem 298: 102650

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