東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2024.01.01
  • 館山・安藤研究室

スーパーコンピュータ「富岳」を用いた蓄電池界面化学・イオニクス機構の解明

 リチウムイオン電池に代表される蓄電池は、社会のスマート化に大きく貢献してきました。しかし、現在世界的に議論されているカーボンニュートラル社会の実現には、エネルギー密度や安全性、コストなど課題がまだ山積しています。これに対し産官学で精力的な研究開発が行われているものの、蓄電池内で起こっている電子やイオンの振舞いについてはまだ不明な点が数多く残っており、その制御法についても試行錯誤的アプローチが続いているのが現状です。この状況を打破するためには、蓄電池材料内の現象を理解し、それに基づいた設計が必要となっています。

 私たちはこの蓄電池内の電子・イオンの挙動に関して予言性の高い、量子力学に基づく"第一原理"計算、を用いてその微視的機構の解明に取り組んできました。ただ蓄電池内の複雑な現象に対する第一原理計算は計算コストが非常に高く、通常のスーパーコンピュータでも取扱いがかなり難しい状況です。そこで、私たちは世界一の実績を持つスーパーコンピュータ「富岳」を最大限に活用可能な計算手法・プログラムを構築・活用し、蓄電池を構成する正極、電解液・固体電解質、負極の様々な課題に適用することで、その機構解明を進展させてきました(Fig. 1)。

Fig.1
Fig. 1.
Scheme of First-principles calculation studies of battery "ionics" and "interface" studies via supercomputer "Fugaku".

 私たちの代表的な研究手法の一つが第一原理分子動力学(MD)計算で、これまで電解液反応、固体電解質イオンダイナミクス、電解液-電極界面状態・反応などの機構解明を行ってきました。この方向性の代表的な成果としては、現在新たな電解液群として注目されている高濃度電解液の陰イオン分解による電極界面安定化機構の提案が挙げられます(Fig.2a) [1]。最近ではNaイオン硫化物固体電解質として世界最高イオン伝導度を持つNa3-xSb1-xWxS4およびその関連物質群の包括的第一原理MD研究を行い、Naイオン伝導度に対する新たな記述子や回帰モデルの提案を行なっています(Fig.2b) [2,3]。さらに私たちは秩序性の高いバルク材料から、材料欠陥(例えば粒界など)を伴うより現実的なモデルへと対象を発展させ、世界的にみても最先端の第一原理MD計算研究を「富岳」を利用して行ってきました。例えば酸化物固体電解質の最有力材料であるLi7La3Zr2O12の粒界系およびその異元素ドーピング系に対してLiイオン伝導に関する新たな微視的知見を提供してきました(Fig.2c) [4]。

Fig.2
Fig. 2.
Calculated Li/Na ion dynamics states in (a) concentrated electrolyte solution, (b) sulfide solid electrolyte with a highest Na-ion conductivity, Na3-xSb1-xWxS4 and (c) grain boundary regions of oxide solid electrolyte Li7La3Zr2O12.

 これらの研究などから近年イオン-イオン相関の伝導度に対する寄与が注目されるようになってきました。しかしこのイオン-イオン相関を含む伝導度計算は長時間のMDサンプリングが必要であり実行は難しいという課題がありました。そこで私たちは、従来型の平衡MDではなく、非平衡性を用いた新たな計算手法-非平衡MD法-の開発に取り組み、高精度と高効率を両立させる相関イオン伝導度の計算が可能であることを実証しました[5]。また固体電解質のみならず、電極材料におけるイオン伝導機構も充放電レート特性や劣化に効いてきます。そこで私たちは、正極材料に着目した電子伝導度とイオン伝導度の直接比較や、応力・歪のイオン伝導度への影響に関する世界に先駆けた第一原理MD研究にも取り組んでいます[6,7]。

 私たちのもう一つの重要ターゲットは蓄電池を含む電気化学"界面"の電子・イオン挙動を第一原理計算を用いて明らかにすることです。特に近年次世代蓄電池として注目されている固体電池の実用化のボトルネックの一つである電極−固体電解質界面の性能劣化に関する研究を精力的に進めています。まずこの固固界面では実現しうる安定な原子構造の導出がこれまで極めて難しい状況でした。それに対して粒子群最適化法というデータ科学手法を活用して安定な界面構造を高効率でサンプリング可能とする"界面CALYPSO法"の構築をまず行いました(Fig.3a)。本手法により数万の固固界面構造から実現可能性の高い界面を抽出できるようになり、そのおかげで現実的な界面物性の調査が可能となりました[8]。本手法により様々な正極界面、負極界面の調査が行われるようになり、界面の電子・イオン移動の実態が徐々に明らかになってきています(Fig.3b) [9,10]。

Fig.2
Fig. 3.
(a) Scheme of Interface CALYPSO method for sampling of solid-solid interfaces, and (b) theoretical picture of Li+ and e- electrochemical potentials and Li chemical potential at electrode interface.

 この他にも蓄電池の固体電解質材料予言を行い、後に実験にて合成された事例や、Naイオン電池負極ハードカーボン内に蓄積された半金属状態のNaイオンの提示など、実験に先駆けた提案を目標とした様々な第一原理計算研究を展開し、成果を上げつつあります。[11-13]

 このような研究は、オペランド観測がまだ難しい動作蓄電池内の電子・イオンの挙動の理解と制御方法の検討に対して大きく貢献していると考えられます。私たちは文部科学省スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラムの材料・物理・化学分野プロジェクトの研究開発代表も担っており、今後東京工業大学・化学生命科学研究所においても「富岳」などを利用した先端計算科学と大量の計算データを活用した機械学習研究を組み合わせながら、次世代蓄電池に向けた開発への貢献と学理構築に邁進していく所存です。

 

参考文献
[1] Y. Yamada, Y. Tateyama, A. Yamada* et al., JACS 136, 5039-5046 (2014).
[2] R. Jalem, Y. Tateyama et al., Chem. Mater. 32, 8373-8381 (2020).
[3] S.-H. Jang, Y. Tateyama, R. Jalem*, Adv. Funct. Mater. 32, 2206036 (2022).
[4] B. Gao, Y. Tateyama et al., Adv. Energy Mater. 12, 2102151 (2022).
[5] R. Sasaki, Y. Tateyama et al., npj Comput. Mater. 9, 48 (2023).
[6] H.-D. Luong, Y. Tateyama et al., J. Power Sources 569, 232969 (2023).
[7] Z. Zhou, Y. Tateyama et al., ACS Appl. Mater. Interfaces 15, 53614-53622 (2023).
[8] B. Gao, Y. Tateyama et al., Chem. Mater. 32, 85-96 (2020).
[9] H.-K. Tian, Y. Tateyama et al., ACS Appl. Mater. Interfaces 12, 54752-54762 (2020).
[10] B. Gao, Y. Tateyama et al., ACS Appl. Mater. Interfaces 13, 11765-11773 (2020).
[11] R. Jalem*, Y. Tateyama et al. Chem. Mater. 33, 5859-5871 (2021).
[12] S. Wakazaki, R. Jalem, Y. Tateyama, M. Azuma* et al., Chem. Mater. 33, 9193-9201 (2023).
[13] Y. Youn, Y. Tateyama et al., npj Comput. Mater. 7, 48 (2021).

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