東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2024.03.01
  • 山元・今岡研究室

新奇機能を発現する「合金サブナノ粒子」触媒の設計と創製

 物質をどんどん切り刻んで小さくすると、その反応性や物性が大きく変化する。サイズ領域が従来のナノよりも小さいサブナノ(約1ナノメートル)に達するとき、そんな夢のような現象が顕著に観測される。一般的に、物質を構成する原子は、表面に露出している原子と、構造内部に隠れている原子に大きく分類される。前者は、反応基質の吸脱着に直接寄与することができ、高い反応性を持っている。とくにサブナノサイズの極微粒子である「サブナノ粒子」では、その構成原子ほぼ全てが粒子表面に露出しており、反応に寄与できず無駄になる原子がほぼ存在しない。言ってしまえば、物質をサブナノサイズまで小さくすれば、その元素の"コスパ"を最大限にまで上げることも可能になるだろう。さらに、サブナノ粒子が持つポテンシャルはこれだけに留まらず、複数種類の金属元素を混ぜ合わせる「合金化」において本領を発揮する。サブナノサイズでは、バルク状態では混ざり合わずに相分離を起こす金属元素同士も、原子レベルで半ば強制的に混ざり合うのである[1]。よってサブナノサイエンスでは、これまでに発見されてこなかった未知なる合金材料の素性解明が期待されている。

 では、多種の金属元素が混ざり合った「合金サブナノ粒子」を作るにはどうすればよいか、これは決して簡単ではない。例えば、液相中に原子を放り込んで撹拌すると、原子間にはたらく引力により、原子同士の凝集すなわち粒子成長が進む。このとき生成する粒子は必ず統計的な分布に従うため、構成原子数や元素組成を所望通りに制御することはほぼ不可能に近い。そこで我々はこの課題に挑戦すべく、ナノサイズの"鋳型"を用意し、その中で粒子を形成させる「アトムハイブリッド法」を開発した[2]。本手法では、鋳型として樹状高分子である「デンドリマー」を採用している。このデンドリマーは、構造内にルイス塩基性を示すイミンユニットを有していることから、錯形成反応によりルイス酸性の金属塩を分子内に集積することができる。この特徴は従来のデンドリマーにも見られるが、我々独自のデンドリマーにはもう一つとっておきの仕掛けが施されている。それは、一つのデンドリマー内に含まれるイミンのルイス塩基性度に順位があるということである。これにより、金属塩はデンドリマーの内側のイミンに優先的に配位するようになっており、加える金属塩の当量によって集積させる金属塩の数もコントロールできる。さらに、このデンドリマー錯体を化学還元させてあげれば、デンドリマー内で集積された原子同士が集まり、原子数を規定したサブナノ粒子の合成が達成される。それだけでなく、種々の金属塩を加えた際には、ルイス酸性度が高い金属塩が優先的にデンドリマーの内側に、逆に弱い金属塩は外側に取り込まれる。よって、構成原子数に加えて元素組成まで精密に制御した合金サブナノ粒子の合成も実現される。

Fig.1
図1.
デンドリマーを鋳型とした合金サブナノ粒子の合成(アトムハイブリッド法)

 我々は、このアトムハイブリッド法を適用することで、貨幣金属元素である金(Au)・銀(Ag)・銅(Cu)を含む合金サブナノ粒子の合成に成功している[3]。ここでは、ルイス酸性度が大きいAu塩、Ag塩、Cu塩の順番(オリンピックメダルの順番と同様)でデンドリマーの内側から段階的に集積させている。このデンドリマー錯体を化学還元することで、Au-Ag-Cu合金サブナノ粒子の合成を達成した。粒子の同定には、原子一つひとつまで直接観察することができる走査型透過電子顕微鏡(STEM)を用いており、得られた粒子の粒径が約1ナノメートルで制御されていることを確認している。また、それと同時にエネルギー分散型X線分光法(EDS)を利用することで、それらの粒子がAu-Ag-Cuの三元素で構成されていることも示された。ここで特筆すべき点は、この三元系はバルクサイズでは相分離を起こしてしまう合金組成であり、サブナノサイズにして初めて原子レベルで混ざり合ったということである。このようにして得られるサブナノ粒子は、非常に表面活性が高いため、放置しておくと即座に粒子同士の凝集が進行してしまう。我々はこれを防ぐために、粒子をカーボンなどの担持材料に固定化し、粉末として回収している。こうすることで、サブナノ粒子を長期間安定化させることができ、触媒などへの応用が可能になる。

Fig.2
図2.
アトムハイブリッド法によるAu-Ag-Cu合金サブナノ粒子の合成

 こうして得られたAu-Ag-Cu合金サブナノ粒子をシクロヘキセンの酸化触媒として応用した。従来触媒を用いた際には、環境負荷が大きく強力な酸化剤を用いる、もしくは反応温度や圧力を過酷にすることで反応を促進させ、ヒドロペルオキシドを中間体としてケトンやアルコールが主生成物として得られる。一方で本検討では、空気中に含まれる酸素分子のみを酸化剤として大気圧で80℃という非常に温和な条件での触媒反応に挑戦した。まずはCuのバルク体とナノ粒子(粒径約50ナノメートル)、合成したCuサブナノ粒子を触媒として応用し、触媒活性のサイズ効果について調査した。結果的に、Cu触媒をサブナノサイズまで小さくすることで触媒性能は著しく向上した。また、通常では得られない特殊な高エネルギー物質であるヒドロペルオキシドが選択的に得られることも明らかとなった。炭化水素に過酸化水素が結合したヒドロペルオキシドは、過酷な反応条件ではすぐに分解してしまう不安定な物質だが、今回実現された極めて温和な触媒反応によって安定した生成が可能になったと考えられる。さらに、Cuサブナノ粒子にAu原子やAg原子を合金化することで反応活性はより増幅され、Au-Ag-Cu三元合金サブナノ粒子は最も高い触媒性能を示した。我々は、この合金サブナノ粒子が持つ高活性の要因について、実験的・理論的の双方からのアプローチで考察を行った。その結果、粒子内の各元素が触媒反応中にそれぞれ固有の役割を担っており、これらの効果が協奏的に働くことが高い反応活性の要因になっていることが示唆された。具体的には、Cu原子が主に反応を触媒し、Au原子はCu原子を電子的に活性化させ、Ag原子は反応生成物の脱着を促進させている。この三元素の連携による活性増幅は、相分離してしまうバルク状態やナノ粒子では見られず、今回の合金サブナノ粒子で初めて観測された現象である。

Fig.2
図3.
Au-Ag-Cu合金サブナノ触媒が持つシクロヘキセンの酸化触媒性能

 以上のように、アトムハイブリッド法を応用することで、従来よりも遥かに温和な条件で駆動し、既存触媒を凌駕する活性を持つ新たな合金サブナノ触媒の開発に成功した。この成果は、サブナノ粒子を構成する元素を適切にデザインすることで、触媒反応を自在にカスタマイズできる可能性を示している。また、このようなサブナノ粒子触媒はごく少数の金属原子しか使用せず、かつ低温でも機能することから、資源問題やエネルギー問題の視点からも有用な材料になると期待される。将来的には、資源やエネルギーをほとんど消費することのない次世代環境材料の創出にも繋がるかもしれない。

参考文献
[1] M. Inazu, Y. Akada, T. Imaoka, Y. Hayashi, C. Takashima, H. Nakai, K. Yamamoto, Nature Commun. 2022, 13, 2968.
[2] T. Tsukamoto, T. Kambe, A. Nakao, T. Imaoka, K. Yamamoto, Nature Commun. 2018, 9, 3873.
[3] T. Moriai, T. Tsukamoto, M. Tanabe, T. Kambe, K. Yamamoto, Angew. Chem. Int. Ed. 2020, 59, 23051.

【問い合わせ先】
  東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所
  助教 森合 達也 Email: moriai.t.aa@m.titech.ac.jp
  教授 山元 公寿 Email: yamamoto@res.titech.ac.jp
  准教授 今岡 享稔 Email: timaoka@res.titech.ac.jp
  TEL: 045-924-5259
  FAX: 045-924-5261

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