東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2024.04.01
  • 中村・岡田研究室

複素環化合物の環拡大骨格編集技術の開発

 複素環化合物の合成法開発は、医農薬品の創出において重要な要素の一つです。効率的に多様な誘導体を合成する方法論として、近年では「骨格編集(skeletal editing)」と呼ばれる分子変換が注目されています1)。すなわち、比較的合成容易な複素環化合物に対し、環拡大や環縮小反応、または原子の交換といった骨格編集を施すことにより、合成終盤における一原子単位での環構造の変換が実現されつつあります。

Fig.1
図1.骨格編集の概念図

 1,2-アゾールという複素芳香族化合物は、環内に比較的弱い窒素-ヘテロ原子結合を有しており、その結合の切断を契機とした環拡大反応が報告されてきました。これまでの手法では、ロジウムカルベノイド2)や遊離カルベン3)といった高反応性活性種が利用されており、望まない副反応が懸念されます。また、基質適用範囲の拡大にも課題を残します。例えば、単純なメチレン基の挿入は可能であるものの多工程を要しており4)、より効率的な手法の開発が望まれていました。

 今回我々は、1,2-アゾールに属するイソオキサゾール1に対し、ジヨードメタンとジエチル亜鉛から生じる亜鉛カルベノイド(EtZnCH2I)を作用させると、窒素-酸素結合にメチレン基が挿入された1,3-オキサジン2が生成することを見出しました(図2)5, 6)。本反応は多置換イソオキサゾールのみならず縮環構造を有するイソオキサゾールや医薬品にも適用でき、他の手法では合成が困難な様々な化合物を与えました。また、密度汎関数理論(DFT)計算を用いて反応機構を解析し、本反応が①N-アルキル化、②窒素-酸素結合の開裂、③電子環状反応を素過程として進行することを明らかにしました。

Fig.2
図2.亜鉛カルベノイドを用いたイソオキサゾールの環拡大型骨格編集反応

 開発した骨格編集法は、イソオキサゾールとは異なる複素環化合物3に対しても適用可能でした(図3)。すなわち、窒素-硫黄結合を有するイソチアゾール、窒素-窒素結合を有するピラゾールやインダゾール、そして非芳香族化合物である環状オキシムにおいても骨格編集できることを実証しました。

Fig.2
図3.様々な複素環化合物への応用

 このように、我々は亜鉛カルベノイドを用いた窒素-ヘテロ原子結合へのメチレン基の挿入反応を見出し、多種多様な複素環化合物の骨格編集に成功しました。本反応は温和な反応条件下で進行し、かつ単工程で生成物を与えることから、1,2-アゾールやこれに類似する複素環化合物の骨格編集反応として有用であると考えています。現在我々は、複素環化合物や亜鉛カルベノイドの適用範囲拡大を目指して検討を進めています。

参考文献
1. J. Jurczyk, J. Woo, S. F. Kim, B. D. Dherange, R. Sarpong, M. D. Levin, Nat. Synth. 2022, 1, 352-364.
2. (a) J. R. Manning, H. M. L. Davies, Tetrahedron 2008, 64, 6901-6908; (b) A. N. Koronatov, N. V. Rostovskii, A. F. Khlebnikov, M. S. Novikov, J. Org. Chem. 2018, 83, 9210-9219.
3. E. E. Hyland, P. Q. Kelly, A. M. McKillop, B. D. Dherange, M. D. Levin, J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 19258-19264.
4. C. Kashima, Y. Tsuda, S. Imada, T. Nishio, J. Chem. Soc. Perkin Trans I. 1980, 1866-1869.
5. M. Tsuda, T. Morita, H. Nakamura, Chem. Commun. 2022, 58, 1942-1945.
6. M. Tsuda, T. Morita, Y. Morita, J. Takaya, H. Nakamura Adv. Sci. early view (2023), DOI: 10.1002/advs.202307563.

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