東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所

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  • 2024.08.01
  • 山口・黒木研究室

機械学習を活用した最適な防汚性ポリマーブラシ表面の予測

 生体分子の吸着による材料表面の汚れは、バイオセンサーや医療器具、水処理膜など多様なデバイスで生じ、性能と寿命の低下をもたらすために大きな課題となっています。デバイス性能を長期間維持するために、優れた防汚性を有する機能性表面の実現が切望されています。材料への防汚性付与には、poly (2-Methacryloyloxyethyl phosphorylcholine) (MPC)に代表される超親水性の双性イオンポリマーをブラシ状に表面修飾し、表面に水和層を形成させる手法が一般的であり、これまで多くの研究論文や実用例が報告されています(図1a)。

 一方、使用環境における水質や組成に応じて、適した表面状態は全く異なることが知られています。そのため防汚性を最大化するためには、対象とする水環境に合わせた最適なポリマー構造体の探索と、表面ブラシ状態-特にポリマー密度や分子量-の設計が不可欠です。過去の研究のほとんどは、実験的アプローチを介して特定の水環境に対して高い防汚性を示すブラシ状態を調査しています。しかし、生体分子吸着は外的条件とブラシ条件が相互に影響して生じる複雑な現象であり(図1b)、包括的に現象を理解することは困難です。実際、この研究分野の理解は、「ブラシポリマーの分子量と密度が大きいほど防汚性は高まる」程度であり、特にブラシ密度と分子量の寄与に関する定量的な議論はほとんど行われてきませんでした。

Fig.1
図1.
(a) 材料表面への双性イオンポリマーブラシ修飾と、水和層形成による防汚特性発現の概念図。(b) 吸着特性に影響を与える因子。

 そこで我々のグループでは、複雑な生体分子の吸着挙動を定量的に理解し、表面設計に活用するための機械学習モデルを新しく構築しました。まず吸着現象に関する過去の文献から、ブラシ密度と分子量を制御した研究報告を調査しました。そして、ブラシの構造(分子量、密度、厚さ、ポリマーの種類、基材の特性)、溶液条件(pH、イオン強度、温度、生体分子の電荷や分子量)、制御条件(流量)を特徴量とする吸着量データを収集し、合計125の実験結果からなる吸着データセットを作成しました。機械学習では、データセットをコンピュータに学習させることで、任意のブラシ条件や溶液条件を入力した際の吸着量を予測できます。ここでは、作成したデータセットを合計6種類の線形および非線形回帰法を用いて機械学習にかけ、非線形回帰手法の一つであるランダムフォレスト回帰手法を最も予測精度の高いモデルとして採用しました(図2a)。さらに学習させたモデルに対して、SHapley Additive exPlanations (SHAP)法と呼ばれる解析を行い、各特徴量が生体分子の吸着性に与える影響を数値化しました。その結果、ポリマーブラシの密度の影響が最も大きく、分子量による影響と比べて約3倍重要度が大きいことが示されました(図2b)。

Fig.2
図2.
(a) ランダムフォレスト回帰を用いた場合のデータセット解析結果。各軸はデータの実験値と予測値を示しているため、予測精度が高いほどプロットはy=x上に乗る。(b) SHAP解析を用いた各特徴量の吸着特性への影響度の推算結果。密度(Density)が分子量(Mn)よりも重要度が3倍高いことが示唆される。

 構築された機械学習モデルを応用すると、任意の外的条件下で防汚性を高める(もしくは弱める)ブラシ状態を予測することもできます。本研究では一例として、イオン強度の変化によって、望ましいブラシ状態がどのように変化するかを予測しました。イオン強度の考慮は水処理用膜分野において特に重要であり、地下水や表流水のイオン強度が数mM程度であるのに対し、海水のイオン強度は約700mMと大きく変化します。そこで本研究では、イオン強度1-1000 mMの範囲に対し、ブラシ分子量と密度に対する生体分子吸着量の予測マッピングを作成しました(図3)。双性イオンブラシは低イオン強度で電気的相互作用を起こし(anti-polyelectrolyte効果)、水和層の形成が阻害されることが知られており、我々の予測でも低イオン強度ほど吸着が起こりやすくなる傾向が見られました。1 mMにおけるマッピングを見ると、防汚性を高めるには分子量よりも密度を向上することが有用であり、特に0.2 chains/cm2以上の密度の領域で良好な防汚性能を示すことがわかりました。さらに低イオン強度領域では、避けるべき表面状態として、大きく2つの吸着性領域(図中の①および②)が存在することが示唆されました。領域①は低密度・低分子量条件であり、ポリマーで表面を覆いきれていないため、イオン強度が増大しても基板が一部露出し、吸着性が残ってしまいます。一方領域②では、低イオン強度条件で吸着が起こるものの、イオン強度の増加とともに吸着性が低減します。この領域では、ポリマー自身の電荷と生体分子の電荷との相互作用によってブラシ内への生体分子の挿入が誘起されることが実験的に明らかとなっており、その事実を反映していると考えられます。

Fig.3
図3.
イオン強度を変化させた場合のブラシ分子量・密度に対する吸着特性マッピング。ここでは予測条件として、基盤吸着量:450 ng cm-2、生体分子濃度:1 g L-1、流速:0.01 mL min-1に設定した。

 以上のように、我々が今回構築した機械学習モデルを介したアプローチは、限られた実験事実から各特徴量の重要度を定量化するだけでなく、任意の水質条件に対して使用するべき(もしくは避けるべき)ポリマーブラシ状態の予測に活用することができます。本手法論を用いることで、従来は実験を介して試行錯誤的に行ってきた防汚表面の最適条件を瞬時に導くことができるだけでなく、吸着現象の理解にも役立つ可能性があります。本研究成果が様々な材料界面の研究に展開され、今後の効率的な材料界面設計に活かされることを期待しています。

[論文情報]

掲載紙 ACS Applied Materials & Interfaces
論文タイトル Machine-Learning-Aided Understanding of Protein Adsorption on Zwitterionic Polymer Brushes
著者 Hiroto Okuyama, Yuuki Sugawara, Takeo Yamaguchi

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