東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所

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  • 2024.09.20
  • 吉沢・澤田研究室

テルペンカプセル:キラル情報を伝える分子道具

 生物はキラルな糖やアミノ酸(図1a)を活用することで、DNAやタンパク質などのキラルな生体構造を精密に構築している。キラル情報を人工的に伝達する方法として、キラル空間の活用が注目されているが、複雑な分子設計や多段階の合成操作が必要であった。そこで本研究では、柔軟な人工キラル空間を持ち、水中で利用できる分子カプセルの構築法の開発を目指した。様々なキラル分子の中で、テルペン(具体的にはパラメンタン;図1b)は植物由来であり、安価に入手できるキラル源である。また、糖やアミノ酸と異なり、疎水性と剛直性の高い分子骨格を有する。一方で、これを利用した人工キラル空間の構築は未開拓であった。

Fig.1
図1
(a)生体系に由来したキラル分子と(b)本研究で注目したテルペン.

 本研究では、わたしたちが独自に開発した湾曲型の両親媒性分子AA(図2a)[参考文献1,2]に基づき、新たにテルペン骨格を2つ持つ湾曲型の両親媒性分子MAを設計・合成した(図2b)。MAは水中でキラル空間を持つ球状の分子カプセル(MA)nを形成し、様々な疎水性色素分子を効率良く内包した。また、内包された色素分子に由来したキラルな分光学的性質が特異的に観測され、カプセル内包による効果的なキラル情報伝達に成功した。以下にその詳細を説明する。

Fig.2
図2
(a)湾曲型の両親媒性分子AA(既報)と(b)テルペン骨格を持つ湾曲型の両親媒性分子MAの構造.

 まず、湾曲型両親媒性分子MAおよびその鏡像異性体MAEをそれぞれ合成した。得られたMAの固体を室温にて水に加えることでテルペン骨格に囲まれた空間を有する分子カプセル(MA)nが瞬時かつ定量的に形成した(図3a左)。テルペンカプセルの構造は主に、12つのMAのテルペン部位が中央に集合した球状6量体であることが、動的光散乱法による粒径分析と分子モデリングから示された(図3b)。また、円偏光二色性(CD)スペクトル測定により、カプセル(MA)nが水中でキラルな内部空間を有することが示唆された。

Fig.3
図3
(a)テルペンカプセル(MA)nの形成と色素分子TPEの内包.(b)カプセル(MA)6と(c)内包体(MA)21•(TPE)12の計算構造.(d)内包体(MA)n•(TPE)mのUV-visible吸収スペクトル(r.t., H2O)と(e)内包体(MA or MAE)n•(TPE)mのCDスペクトル.(f)キラル情報の伝達を達成した色素分子.

 テルペンカプセル(MA)nによって、複数の芳香環を持つテトラフェニルエチレン(TPE)の内包によるキラル情報伝達に成功した。乳鉢と乳棒でMATPEの固体をすりつぶして良く混合し、水を加えて遠心分離後、ろ過して余剰の色素を取り除くことで、内包体(MA)n•(TPE)mの無色透明な水溶液を得た(図3a右)。この内包体は12つのTPEが21つのMAに囲まれた直径約4 nmの球状構造であることが粒径、吸収、NMR測定および分子モデリングにより示された(図3c)。UV-visibleおよびCDスペクトル測定により、(TPE)mに由来する吸収帯においてキラル光学特性に起因するコットン効果が観測された(図3d,e)。この現象は、テルペンカプセルのキラル骨格からアキラルな色素分子にキラル情報が伝達されたことを示している。また、より嵩高いヘキサフェニルシロール(HPS)、平面状のコロネン(Cor)やペリレン(Per)などの色素分子(図3f)に対してもキラル情報を伝達することに成功した。

 内包された色素分子へのキラル情報の伝達が、加熱により増幅させることに成功した。上述と同様の手法で、嵩高い置換基を有する有機ホウ素色素DBBを内包したカプセル(MA)n •(DBB)mを得た(図4a,b)。その水溶液のUV-visibleおよびCDスペクトルでは、450〜550 nm付近に内包された(DBB)mに由来するコットン効果が観測されたことから、カプセル内でのキラル情報の伝達を確認した(図4c,d)。興味深いことに、その内包体の水溶液を80 ºCに加熱後、再度CDスペクトルを測定した結果、同領域のコットン効果の強度が大幅に向上した。熱刺激によりキラル情報の伝達(|gabs|値)が約3倍に増加した(図4e)。一方、嵩高い置換基を持たないPMBの内包体では、加熱によるコットン効果の変化は観測されなかった。

Fig.4
図4
(a)嵩高い有機ホウ素色素の内包体(MA)n•(DBB)mと(b)その計算構造((MA)14•(DBB)10).(c)内包体(MA)n•(DBB)mのUV-visibleスペクトル(r.t., H2O)と(d)その加熱前後でのCDスペクトル.(e)各種内包体の|gabs|値.

 効果的なキラル情報伝達により色素内包体は円偏光発光(CPL)を示した。内包体(MA)n•(TPE)mの発光スペクトルでは、内包されたTPEに由来する発光バンドが450 nm付近に観測された(図5a)。その量子収率(ΦF)は20%で、単独のTPE固体に近い高い値を示した。内包体(MA)n•(TPE)mおよび(MAE)n•(TPE)mのCPL測定では、450 nm付近に鏡像対称のシグナルが観測され、その発光の非対称性因子(|glum|)値は0.8×10-3であった(図5b)。同様に、CorDBB内包体においてもCPLシグナルを観測した(図5c)。

Fig.5
図5
内包体(MA)n•(TPE)mの(a)発光スペクトル(r.t., H2O)と(b)CPLスペクトル.(c)各種色素分子を内包した(MA)nの|glum|i値.

 本研究では、テルペン骨格を活用したキラル空間を持つ分子カプセルの構築法を開発すると共に、その水中での種々な色素分子の内包に成功した[参考文献3]。内包された色素分子に由来したキラルな分光学的性質が特異的に観測され、カプセルから色素への効果的なキラル情報伝達とその外部刺激による増幅を達成した。今後はこの分子道具を応用して、精密合成を必要としない簡便な操作で、多様な色素分子だけでなく、高分子材料や触媒などにキラル情報を自在かつ高効率に伝達できる分子カプセルを開発していきたい。

【参考文献】

[1] K. Kondo, A. Suzuki, M. Akita, M. Yoshizawa, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 2308-2312.
[2] a) M. Yoshizawa, L. Catti, Acc. Chem. Res. 2019, 52, 2392-2404; b) M. Yoshizawa, L. Catti, Proc. Jpn. Acad. Ser. B 2023, 99, 29-38.
[3] Y. Hashimoto, Y. Tanaka, D. Suzuki, Y. Imai, M. Yoshizawa, J. Am. Chem. Soc. 2024, 146, 23669-23673 (https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.4c07193).

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