東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所

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  • 2024.11.29
  • 館山・安藤研究室

データサイクルに基づくデータ駆動材料科学とイオン渋滞学への展開

 近年、機械学習やデータサイエンスを活用したデータ駆動型の研究が急速に進展しており、材料科学やエネルギー分野においてもその重要性が増しています。データ駆動型材料研究は、従来の研究プロセスを効率化して加速させるだけでなく、研究そのものに質的な変革をもたらす可能性を秘めています。私たちは研究・開発の基本サイクルに注目し、理論・数理の観点からデータ駆動型材料研究に関する基盤技術開発および応用研究を推進しています。

 従来の材料研究・開発は、大きく分けて「データ生成」「データ蓄積」「データ活用」に3つの基本プロセスで整理することができます。データ生成とは、計測・計算・合成など、論証のエビデンスとなるデータを取得するというプロセスを指します。データ蓄積は、生成した研究データ・成果を「構造化」して参照可能な状態にしておくプロセス、そしてデータ活用は、データから情報を取り出し、次のデータ生成に繋げるプロセスです。研究・開発はデータ生成からデータ蓄積、データ蓄積からデータ活用、そしてデータ活用から次のデータ生成へと再帰的につながる構造を持っており、これをデータサイクルと私たちは読んでいます。このサイクルを機械学習やデータサイエンス、ロボティクスを活用することでさらに加速・効率化することで、質的に異なる研究にまで展開することを目指すのが私たちの考えるデータ駆動型材料研究です。

Fig.1
図1 材料研究・開発における「データ生成」「データ蓄積」「データ活用」とデータサイクル の概念図

 私たちは、主たるデータ生成方法として計算シミュレーションを活用しています。計算シミュレーションは今や電池・触媒等の機能性材料の研究には欠かすことのできないツールです。私たちは精度の良い計算を実行するにはコストが高い第一原理分子動力学シミュレーションを効率化するために、機械学習ポテンシャルの開発・応用研究を実施しました。機械学習ポテンシャルは、従来の古典ポテンシャルの適用が難しかった不規則系や表面・界面に対する計算の精度と効率を両立させることができます。特に、私たちはアモルファス中のイオン拡散経路を探索に応用し、小さな第一原理計算データを学習して大きな材料系の計算を可能にするという手法(図2(a))をとって、従来の手法では困難だった課題に取り組みました[1,2]。近年では、グラフニューラルネットワークを活用した汎用性の高い機械学習モデルが無償公開されるなど導入のハードルが下がり、今後の広がりが注目されます。 

 計算シミュレーションのみならず、実験研究に対しても私たちのグループは研究データ生成の効率化に貢献しています。例えば、ベイズ最適化とロボティクスを活用し、データ生成プロセスを効率化・自律化しました[3]。ベイズ最適化は、限られたデータから最適な実験条件を推定し、特にコストがかかる材料合成で実験回数を削減する手法です。一杉太郎教授、清水亮太准教授らのグループと共同で開発した自律自動実験システム(図2(b))は、TiO2薄膜の電気抵抗を最小化する条件を自動で導出・合成することに成功し、実験の効率が約10倍向上、無機材料に対して世界初の成果をあげました。

Fig.2
図2 (a) アモルファス固体電解質Li3PO4に対する機械学習 ポテンシャル作成過程の概念図
(b) 自律自動実験装置の概念図(CC-BY lisenceの元、文献[3]より抜粋。)

 データ生成を自動化・効率化することはデータ駆動型材料研究にとって重要なアプローチですが、それだけでは不十分です。計測・計算によって生成したデータを適切に管理し、解析して情報を取り出さなければ、研究の課題解決に繋がりません。私たちは、データ管理の方法として、ウェブアプリケーションでしばしば用いられるJSON(JavaScript Object Notation )フォーマットを採用し、テーブルフォーマットでは難しい研究データのデータベース化を行いました。JSONフォーマットは階層構造を持ち、データの検索や管理が容易です。リチウムイオン電池の電解液を変えた時の性能評価実験では、JSONで実験データを構造化し、効率的に検索・利用可能にしました。このような、データベースを構築することで機械学習に基づいた「データ活用」にスムーズに繋げることができ、材料機能の予測であるとか、材料機能発現の理解といった問題にチャレンジしています

 最後に、2024年度より学術変革領域研究A「イオン渋滞学:イオン流の非平衡性と集団運動の理解による材料デザインの変革」がスタートし、データ駆動型材料研究の枠組みをイオン流の理解に繋げる取り組みについて紹介します。

Fig.3
図3 学術変革領域研究Aイオン渋滞学の概要図(文献4より転載。)

 

 固体内をイオンが高速移動する電池材料や原子・分子・イオンの反応を制御する触媒材料では、近年、イオン間またはイオンと周囲との相互作用に注目し、材料特性の向上を図る研究が活発化しています。これらの材料では、結晶格子や原子・分子の集合体(クラスター)が協奏的に変化することで、イオンの流れを促進し、機能を強化する描像が複数提案されています。しかし、このイオンの集団運動(イオン流)とそれを誘起する様々な相互作用を的確に捉え、理解・制御するための学理は未だ構築できていません。

 従来のイオン流に関する理論は、「イオンが各々独立して動くことができる」という仮定に基づくものでした。これは、イオン密度が希薄であるときのみ成立するため、実材料における高密度なイオンの流れを説明することはできません。イオン密度が高まると、イオン同士の相互作用が無視できなくなります。私たちはこういった相互作用をシンプルに理解するフレームワークとして渋滞学に着目しました。渋滞学は、「クルマや人の集団運動や流れを扱う科学」、つまり、輸送や物流を研究する数理科学の一分野です。本領域で掲げる「イオン渋滞学」は、クルマや人々を粒子に置き換え、その粒子間の相互作用を取り入れた非平衡統計力学で理解しようという試みです。粒子間とその周囲との相互作用を取り入れた、より動的なプロセスを記述し、イオンの流れを広い視点から制御する方法を、計算・数理(A01)、材料創製(A02)、先端計測(A03)とが協働で開拓し、従来の材料・化学研究の抜本的な変革を目指します。

参考文献:

[1] W. Li, Y. Ando, E. Minamitani, and S. Watanabe, J. Chem. Phys. 147, 214106 (2017).
[2] S. Watanabe, W. Li, W. Jeong, D. Lee, K. Shimizu, E. Mimanitani, Y. Ando, and S. Han, J. Phys. Energy 3, 012003 (2021).
[3] R. Shimizu, S. Kobayashi, Y. Watanabe, Y. Ando, and T. Hitosugi, APL Materials 8, 111110 (2020).
[4] https://ion-jamology.jp

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