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- 2025.04.07
- 山元・今岡研究室
生体分子鋳型を用いた金属クラスターの原子レベル精度合成
ナノサイエンスの分野では、金属粒子(クラスター)をサブナノメートル(1 nm以下)の領域で制御できる技術が大きな注目を集めている。通常の金属ナノ粒子(2~10 nm程度)よりもさらに小さいサイズでは、電子状態や表面原子の配置が従来のバルク金属や大きめのナノ粒子とは全く異なるため、特異な触媒活性や量子効果などが期待される[1]。しかし、そのような「サブナノクラスター」を合成・分離する方法は限られていた。超高真空中でのサイズ選別によるクラスターの選択的生成、デンドリマー[2, 3]や環状多核金属錯体[4]のような有機分子鋳型を使う方法もあるが、装置の大型化や設計自由度の限界など課題があり、広範かつ精密にクラスターを作り分ける汎用的な方法は存在していなかった。
今回、新たに提案したアプローチ[5]の核心は、「ペプチド合成技術(固相ペプチド合成:SPPS)を使って、金属錯体を側鎖に持つ"メタロペプチド"を自在に合成し、それを熱分解することで高精度の金属クラスターを得る」という点である(図1)。SPPSは、アミノ酸を一つひとつ順番に結合していく過程を自動化でき、配列や種類を自由に変えられる手法として生化学や医薬品開発などで広く用いられています。本研究では、そのSPPSをあえて「超小型金属クラスター」の生成に応用したことが画期的である。側鎖部分に白金(Pt)や鉄(Fe)の錯体を導入したアミノ酸を順番通りに連結し、あたかも"金属原子を正確に組み上げる分子積木"のように合成を進めることができる。そして最終的にペプチド骨格を熱で分解し、目的の金属数と組成を有するクラスターを炭素担体上に生成する。。
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図1 | ペプチドを用いた金属および合金クラスター合成の概要 |
SPPSでは、樹脂(固相)にアミノ酸を連結しつつ、不要な副反応部位を封鎖する作業(カップリングとキャッピング、脱保護)が段階的に繰り返される。我々は、酸や高温条件に耐えつつも最終的には分解しやすい配位子を慎重に選び、FeおよびPtの錯体を含む複数のアミノ酸を合成した。これらを指定の回数だけ繋げることで、例えば12残基のPt錯体含有ペプチド(図2)や、FeとPtを交互に導入した合金前駆体ペプチドなどを自在に設計できる。最終工程として水素や窒素雰囲気で熱分解すると、ペプチド鎖が分解除去され、同時に金属原子が担体表面でまとまり、粒径1 nmほどのクラスターを形成する(図3)。
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図2 | 原子分解能電子顕微鏡で観察した12残基のPt錯体含有ペプチドおよびその対応する構造モデル |
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図3 | 12原子の白金からなるクラスターPt12のAFM-STEM像, (a) 基板上のクラスターの分散を示す広視野像, 矢印は粒子の位置を示している. (b) 粒子の個数を数えるための高倍率像. (c) 低倍率像から得られた粒子径のヒストグラム. |
サブナノサイズの金属クラスターは、特に触媒分野で従来にない高活性を示すことが知られている。今回SPPSを用いて合成したPtクラスターを触媒としたトルエン酸化反応[6]で市販の白金触媒よりも高い収率を達成した例が示されており、微量でも効率よく目的生成物を得られる優れた触媒能を確認している。また、FeとPtを含む合金クラスターを同様の手法で作成することにも成功しており、これは酸素還元触媒(燃料電池電極)や磁性体材料などへの応用が見込まれる。SPPSの強みは、単に1種類の金属だけでなく、複数金属種を任意の組成比で組み合わせられる点にある。従来の合金クラスター合成では、熱力学的に安定でない組成を狙うと粒子が粗大化したり分離したりしがちであったが、ペプチド側鎖として個別に担持することで、希少な組成も容易に試すことができる。
本手法の最大の意義は、広く普及しているSPPSをそのままサブナノクラスター合成のプラットフォームとして転用できる点にある。市販装置で取り組める合成手法の枠内で、原子数・組成が明確に制御されたクラスターが作れるため、新たな機能性材料探索のスピードが飛躍的に向上する可能性がある。現状では、ペプチド一本あたりの合成スケールや合金種の多様化などに課題はあるものの、自動合成装置やロボット技術との連携によって、大規模スクリーニングも将来的に視野に入る。さらに、金属クラスターを含むペプチドの自己組織化や高次構造の利用など、生化学的な視点からの展開も期待される。たとえば、より複雑な立体配列を与えることで、特定反応の選択性を一層高められるかもしれない。
サブナノクラスターの精密制御は、触媒化学のみならず、光学・磁性などの新機能材料開発で大きなインパクトをもたらすと考えられる。本研究によって示された「SPPS+金属錯体の組み合わせ」は、従来の合成手法では到達しにくかった自由度と精密度を兼ね備えたアプローチとして有望である。
参考文献:
[1] | T. Imaoka, A. Kuzume, M. Tanabe, T. Tsukamoto, T. Kambe, K. Yamamoto, Coord. Chem. Rev. 2023, 474, 214826. |
[2] | K. Yamamoto, T. Imaoka, M. Tanabe, T. Kambe, Chem. Rev. 2020, 120, 1397-1437.. |
[3] | K. Yamamoto, T. Imaoka, W.-J. Chun, O. Enoki, H. Katoh, M. Takenaga and A. Sonoi, Nature Chem., 2009, 1, 397-402. |
[4] | T. Imaoka, Y. Akanuma, N. Haruta, S. Tsuchiya, K. Ishihara, T. Okayasu, W.-J. Chun, M. Takahashi and K. Yamamoto, Nature Commun., 2017, 8, 43. |
[5] | T. Imaoka, N. Antoku, Y. Narita, K. Nishiyama, S. Saito, M. Okochi, K. Takada, M. Tanaka, M. Huda, M. Tanabe, W. Chun, K. Yamamoto, Chem. Sci. 2024, 15, 14931-14937. |
[4] | M. Huda, K. Minamisawa, T. Tsukamoto, M. Tanabe, K. Yamamoto, Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 1002-1006. |