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- 2025.06.13
- 北口研究室
副作用の少ない光免疫療法を実現する
がんの効果的な治療法として、生体への透過性が高い近赤外光などにより光増感剤が活性酸素を産生し、がん細胞を選択的に死滅させる光線力学療法が注目されている。中でも、光増感剤を修飾した抗体を用いる「光免疫療法」は、抗体の高い標的特異性を活かして光増感剤をがん細胞に集中的に送達する点で、低分子抗がん剤を抗体に結合させた抗体薬物複合体(ADC)に通じる戦略をとる。一方で、光免疫療法は光の照射部位だけで活性酸素を産生するため、正常組織への影響を最小限に抑えることができ、副作用のさらなる軽減が期待されている。この特長からADCよりも一層高い選択性と安全性を両立した治療法として脚光を浴びている。しかし、正常細胞上のFc受容体に結合した修飾抗体や、細胞に結合していない修飾抗体も、光照射によって活性酸素を産生し、副作用の原因となることが知られている。そこで我々は、がん細胞に結合した場合にのみ光増感剤が近赤外光照射により活性化され、活性酸素が産生される光増感剤修飾抗体Quenching Photoimmunoconjugate(Q-PIC)を開発した。
Q-PICは、アミノ酸リンカーを挟んで光増感剤としてメチレンブルー(MB)、消光剤としてブラックホールクエンチャー3(BHQ-3)が修飾されたペプチドを、Sortase Aによる酵素反応を介して抗体の重鎖N末端に結合させることで作製される(図1A)。抗原が存在しないとき、MBとBHQ-3はリンカーでつながれており、近赤外光を照射してもBHQ-3によるクエンチによりMBから活性酸素が生じない。しかし抗原が結合すると、内包(トラップ)されていたリンカーが露出(リリース)して、加水分解により切断されることでBHQ-3が脱離し、MBは近赤外光の照射により活性酸素を産生するようになる(図1B)。さらにリンカーのアミノ酸配列にがん周辺組織で高発現しているプロテアーゼに認識される配列を導入することで、"標的のがん細胞に結合"して、"リンカーが切断"されたときのみ、がんを選択的に殺傷できるようになることが期待できる。
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図1. | (A)Q-PICの作製方法。Sortase AがペプチドのC末端側のTとGを切断し、切断したTのC末端側に抗体(Traz)のN末端側のGGG配列を連結する。(B)Q-PICの作動原理。Qiu et al. ACS Omega, 2025より一部転載。 |
Q-PICの"抗原結合"による殺細胞能力の選択性を確かめるために、乳がんで過剰発現していることが知られているヒト上皮細胞増殖因子受容体2(HER2)を認識する抗体Trastuzumab(Traz)を用いてQ-PIC(BQ-MB-Traz)を作製し、HER2陰性の乳がん細胞株MDA-MB-468とHER2陽性の乳がん細胞株SK-BR-3に対する細胞傷害性を検討した。
Traz、ランダムな箇所にMBが修飾されたTraz(Traz-MB)、BQ-MB-Trazをそれぞれ添加し、直後に光照射を行った場合、あるいは光照射を行わなかった場合について、細胞の生存率を評価した(図2A)。これは、抗体ががん細胞に結合する前に血中を流れている状態を模倣している。HER2の発現の有無に関わらず、TrazあるいはBQ-MB-Trazを添加した細胞では、光照射の有無による生存率の変化はほとんど見られなかった。一方、Traz-MBを添加し光照射を行った細胞では、濃度依存的な生存率の低下が認められた(図2B、C)。これらの結果は、狙い通りBQ-MB-Trazが抗原に結合していないときは細胞傷害性がほぼないことを示しており、従来よりも副作用が遥かに少ないがん治療に役立つことが期待できる。
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図2. | Traz、Traz-MB、BQ-MB-Trazを添加した直後に光照射を行った場合の細胞障害性の評価。(A)実験の流れ。(B)MDA-MB-468の生存率。(C)SK-BR-3の生存率。Qiu et al. ACS Omega, 2025より一部転載。 |
そこで次に、細胞にTrazまたはTraz-MB、BQ-MB-Trazを添加してから24時間インキュベーションした後に、光照射を行った場合、行わなかった場合について、細胞の生存率を評価した(図3A)。これは、抗体ががん細胞に結合できる十分な曝露時間を経た状態を模倣している。細胞に結合した抗体による影響のみを評価するため、光照射前に培地中の結合していない抗体は洗浄により除去した。この条件下において、Trazを添加した細胞の生存率は、HER2の発現の有無および光照射の有無にかかわらず、大きな変化を示さなかった。また、Traz-MBを添加して光照射した細胞では、HER2の発現の有無に応じて生存率に差が見られたものの、いずれの細胞でも濃度依存的な生存率の低下が認められた。特に、HER2陰性細胞における生存率の低下は、Fc受容体を介した結合による副作用を反映している可能性が高い(図3B、C)。一方、BQ-MB-Trazを添加したHER2陰性細胞では、光照射の有無にかかわらず生存率はほぼ一定であった。これに対し、HER2陽性細胞においては光照射により濃度依存的な生存率の低下が認められ、BQ-MB-Trazが抗原陽性細胞を選択的に殺傷できることが示された。
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図3. | Traz、Traz-MB、BQ-MB-Trazを添加し、24時間インキュベーションした後に光照射を行った場合の細胞障害性の評価。(A)実験の流れ。(B)MDA-MB-468の生存率。(C)SK-BR-3の生存率。Qiu et al. ACS Omega, 2025より一部転載。 |
本研究では、がん細胞のみを"抗原結合"依存的に殺傷できる光増感剤修飾抗体Q-PICを開発した。今後は光増感剤やクエンチャー、リンカーの設計を最適化することで、より治療効果と安全性を向上させ、実際の光免疫療法に適用可能なQ-PICの開発を目指す。
References: | |
[1] | Zhirou Qiu, Bo Zhu, Takanobu Yasuda, Hiroshi Ueda, and Tetsuya Kitaguchi. N-terminal conjugation of a near-infrared photosensitizer to an antibody for cancer diagnosis and treatment. ACS Omega, 2025, in press. |