東京科学大学 総合研究院 化学生命科学研究所

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  • 2025.09.01
  • 吉沢・澤田研究室

芳香環ミセル:未修飾芳香族ポリマーの溶液化学の開拓

高分子材料は、我々の生活に欠かせない存在である。中でも、電子的・光学的特性、優れた耐熱性、機械的強度を示す芳香族骨格を有するポリマーは、次世代の機能性材料として注目を集めている。しかしながら、これらの芳香族ポリマーは、その高い剛直性と強い自己凝集性のために、有機溶媒や水に不溶であり、分析・加工・応用展開の大きな障壁となっている。一般的な可溶化手法は、芳香族骨格への直接の側鎖導入であるが、この方法は合成や分離の工程が増え、望まない物性変化を伴う可能性がある。この課題に対し、我々は独自に開発した芳香環骨格からなる湾曲型両親媒性分子を用いて、未修飾の芳香族ポリマーの水溶化に取り組んだ(図1a, b[1]。この分子は、1つの疎水性の湾曲芳香環骨格と2つの親水性側鎖から構成され、水中では疎水効果およびπ-π相互作用によって自発的かつ定量的に自己会合し、「芳香環ミセル」と呼ばれるナノ構造体を形成する[2]。このミセルは適応性の高い芳香族性空間を有しており、これまでにナノカーボン、色素、金属錯体などの小~中サイズの分子の内包による可溶化が報告されているが、巨大な高分子に対する内包能については未解明であった。

 本研究では、アントラセン骨格を有する湾曲型両親媒性分子AA[1a]およびその誘導体PBS[1b]が、置換基を持たない直鎖状および球状の芳香族ポリマーを高効率に水溶化できることを示した(図1c, d)。これにより、これまで困難であった未修飾芳香族ポリマーの溶液状態における分析・加工・ホスト-ゲスト化学への展開が可能となった。

Fig.1
図1.  a)直鎖状とb)球状の未修飾芳香族ポリマーの構造。c) 湾曲型両親媒性分子AAおよびPBSの構造。d) 芳香環ミセル(AA)nによる内包を介したPBOの水溶化。

最初に、市販の直鎖芳香族ポリマーPBOZylon™)を選定した。両親媒性分子AAPBOをすり潰しと超音波照射の簡便な操作で、内包体(AA)n•(PBO)mを含む透明な黄色溶液が得られた(図2a、上)。複数のPBOが芳香環ミセル(AA)nにより内包されたことは、溶液の紫外可視吸収スペクトルによって確認された。特筆すべきは、同様の条件下において、従来のアルカン系両親媒性分子と比較して、PBOの水溶化効率が50倍以上高かった点である。形成された内包体構造はAFM(原子間力顕微鏡)解析により観察され、高度に分散されたワイヤー状構造が確認された。得られたデータに基づく分子モデリングの結果、水溶性の内包体(AA)n•(PBO)mは、効果的な疎水効果および多数のCH-π/π-π相互作用により、3本程度のPBOからなる束がチューブ状の(AA)nに包み込まれた構造が示唆された(図2b)。

同様に、芳香族ポリマーPPは、両親媒性化合物PBSを用いることで効率的に水溶化された(図2a、下)。興味深いことに、得られた内包体(PBS)n•(PP)mの水溶液は、量子収率ΦF = 30%の強い青色発光を示した。これは、内包に伴いPPが効率的に分散されたことに起因すると考えられる。

Fig.2
図2. a) 湾曲型両親媒性分子AAおよびPBSによる、PBOおよびPPの内包を介した水溶化。b) 分子モデリングにより得られた内包体(AA)n•(PBO)mの最適化構造。

内包されたポリマーは、芳香環ミセルから容易に放出できることから、簡便なろ過と熱処理により、(AA)n•(PBO)mの水溶液からPBO薄膜の作製に成功した。得られた薄膜をFE-SEMにより表面観察した結果、直径10-20 nmのワイヤー状ポリマーが絡み合った編み目構造が明瞭に観察され、PBOがミセル内で細い束状に取り込まれていたことが裏付けられた。さらに、作製された薄膜の厚さは約600 nmと推定された[3]

Fig.3
図3. ろ過と熱処理によるPBO薄膜の作製。

これらの結果を踏まえ、我々は次に、無数の連結した空間(<2 nm;図1b)を特徴とする多孔性の球状芳香族ポリマーPBPの内包による水溶化に取り組んだ。PBPの可溶化は、先と同様に、すり潰しと超音波照射により達成された(図4)。得られた水溶液は顕著なチンダル効果を示し、大きなポリマー粒子の分散・可溶化を示唆した。

水中における内包体の詳細な構造解析により、得られた粒子の平均径は約100 nmであることが明らかとなった。また、このデータを基に実施した分子モデリングの結果、1つの巨大なPBP粒子が芳香環ミセル(AA)nにより内包され、PBP表面において多数のπ-πおよびCH-π相互作用を介して安定化されている構造が示唆された。

Fig.4
図4. 湾曲型両親媒性分子AAによる多孔性の球状芳香族ポリマーPBPの内包による水溶化と、内包体(AA)nPBPにおける部分的な分子モデリング。

水溶化されたPBPは、さらに色素や炭化水素に対して多空間ホストとして機能した。両親媒性分子PBSを用いた簡便な3成分すり潰しにより、色素DCMPBPの多空間内に取り込み、3成分複合体(PBS)nPBP•(DCM)mの調製に成功した(図5)。DCMの取り込みは、その新たな吸収および蛍光バンドの出現によって確認された。さらに、この水溶液にシクロデカン(cDec)を添加・攪拌することで、4成分複合体(PBS)nPBP•(DCM)m•(cDec)pが形成された(図5、右)。cDecの導入によってDCMが多空間内にさらに効率的に取り込まれたことで、DCMに由来する蛍光強度は約8倍に増加した。同様の操作により、不溶性のチオフェン系オリゴマーを用いた4成分複合体の構築にも成功した[4]

Fig.5
図5. 内包体(PBS)nPBPの多空間を利用した、色素および炭化水素の段階的内包による3成分および4成分複合体の構築。

以上のように、本研究では未修飾な多様な直鎖状および球状芳香族ポリマーの効率的な水溶化手法を確立した。この方法は高い汎用性を有し、幅広い高分子構造への適用が可能である。不溶性高分子の水溶化を通じて、溶液状態での詳細な分析、加工、およびホスト-ゲスト化学への展開を実現した。今後の研究課題として、芳香環ミセルを用いた他の芳香族高分子の内包や、設計性に優れた多空間を持つ有機金属錯体や無機固体の取り込みおよび溶液状態でのホスト能の開発を目指している。

参考文献
[1] a) K. Kondo, A. Suzuki, M. Akita, M. Yoshizawa, Angew. Chem. Int. Ed. 2013, 52, 2308-2312; b) Y. Okazawa, K. Kondo, M. Akita, M. Yoshizawa, Chem. Sci. 2015, 6, 5059-5062.
[2] a) M. Yoshizawa, L. Catti, Acc. Chem. Res. 2019, 52, 2392-2404; b) M. Yoshizawa, L. Catti, Proc. Jpn. Acad. Ser. B 2023, 99, 29-38.
[3] S. Aoyama, L. Catti, M. Yoshizawa, Angew. Chem. Int. Ed. 2023, 62, e202306399.
[4] S. Aoyama, L. Catti, M. Yoshizawa, Chem 2025, 11, 102616.

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