東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2015.02.27

酸高密度構造で発現する高速プロトン伝導機構
-Packed acid mechanism- の解明

 固体高分子形燃料電池(PEFC)は、低温でも理論エネルギー変換効率が高く、小型で軽量な発電デバイスとして注目されています。世界に先駆けて市販された家庭用の燃料電池・エネファームに引き続き、2014年末にはトヨタから燃料電池自動車が販売され、燃料電池開発のフェーズは実証研究から普及初期へと移行しています。しかし、依然としてコストや耐久性などの課題は残っており、普及拡大へ向けた研究開発が求められています。
 PEFCの課題の一つとして、プロトンを伝導する固体電解質の性能が湿度に依存することが挙げられます。従来のPEFCでは、パーフルオロスルホン酸系ポリマーが標準的な電解質材料として用いられていますが、電解質中をプロトンが伝導するために水が必要であることから、低湿度下でプロトン伝導性が減少することが知られており、無加湿で燃料ガスを供給する際の性能低下が問題となります。一方で、燃料電池は発電中に水が生成することから、高出力を取り出す際には高湿度条件となるため、電解質材料には幅広い湿度領域で安定して高いプロトン伝導性を示すことが求められています。本研究グループのこれまでの研究の結果、プロトン伝導の活性化エネルギーは酸官能基密度に依存し、官能基密度が高いほどプロトンが伝導しやすいことが明らかにされていました1)
 本研究では、酸官能基の更なる高密度化へ向けて、プロトン伝導性無機粒子を高分散させた電解質ポリマーを開発し、図1に示すように有機-無機異相界面で酸高密度構造を構築しました。無機粒子の高分散化では、表面修飾ジルコニアナノ粒子(前駆体)へ電解質ポリマーを多点吸着により巻きつけるキャッピング現象を利用しました。前駆体は、スルホフェニルホスホン酸で処理することにより、無機プロトン伝導体ZrSPPへと変換され、酸高密度構造を形成します。電解質ポリマーには芳香族炭化水素系電解質ポリマーの一種であるスルホン化ポリエーテルスルホン(SPES)を用いました。

Fig1_Interface_PackedAcid.jpg

図1 酸高密度構造を形成する無機有機電解質界面の概念図

 透過型電子顕微鏡を用いた観察の結果、キャッピング現象を利用して作成したサンプル(Capping-ZrSPP-SPES)では、無機プロトン伝導体ZrSPPが高分散に存在していることが分かりました。また、赤外分光法を用いた測定の結果、スルホン酸基に由来するピークが、各材料単独の場合と比較して高波数側へシフトしており、酸高密度構造が形成されていることが示唆されました。図2にプロトン伝導性の湿度依存性を示します。Capping-ZrSPP-SPESは、SPESやZrSPP、ZrSPPを合成してからSPESと混合した単純混合膜と比較して高いプロトン伝導性を示しました。特に、SPESとZrSPPの伝導性の和より高い値を示したことから、Capping-ZrSPP-SPESの無機粒子と電解質ポリマーの界面で高速プロトン伝導現象が発現していることが示唆されました2)

Fig2_ProtonConductivity.jpg

図2 プロトン伝導性の90℃における湿度依存性2)

 酸高密度構造でのプロトンの挙動を検証するために、47℃、-15℃、-39℃において2Hおよび17O固体NMR測定を行いました。Capping-ZrSPP-SPESのNMR測定結果を図3へ示します。2Hは-39℃においても47℃と同様に鋭いピークが観察され、低温下でも運動性を維持していることが示されました。一方で、17Oのピークは温度降下に伴い減少し、Capping-ZrSPP-SPESにおいても低温下では水が凍り運動性が抑制されていることが示されました。すなわち酸高密度構造を有するCapping-ZrSPP-SPESでは、水が動かなくてもプロトンが運動している可能性が示唆されました2)。なお、単純混合膜やSPES単体では、低温下で2Hのピークが減少し、運動性が抑制されていることから、低温下でも運動性を維持する挙動は酸高密度構造に特有の現象であることが示唆されています3)

Fig3_NMR.jpg

図3 Capping-ZrSPP-SPESの
  a) 2H-MAS NMR、b) 17O-MAS NMR測定結果2)

 さらに酸高密度構造で発現する高速プロトン伝導機構について検証するために、有機無機界面を模した量子化学計算を行いました。計算の結果、通常の電解質材料に対応する酸官能基密度が低い構造では、SO3HやH3O+などのプロトンドナーと、H2OやSO3-などのプロトンアクセプターとが強く引き付け合い、一対のドナー-アクセプター間でのみプロトンがやり取りされ、プロトンが伝導しないpseudo-shuttling現象が起きていることが分かりました。一方、酸高密度構造では、pseudo-shuttlingを起こしているドナー-アクセプターの近傍に別のプロトンドナーが存在することにより、pseudo-shuttlingの状態が破られ、プロトンドナーの再配向が起こることで、プロトンが連続的に移動し得ることが示されました(図4)。本研究グループでは、このような酸高密度構造で起こる新たなプロトン伝導機構を"Packed acid mechanism"と名付けました。Packed acid mechanismでは、水が大きく運動しなくてもプロトンが移動することから、固体NMRで低温下でもプロトンの運動性が維持されていた理由を説明できます。

Fig4_PackedAcidMechanism.jpg

図4 酸高密度構造で発現するPacked acid mechanismの概念図2)

 今後は、本研究で得られたPacked acid mechanismの知見をもとに、更なる高性能電解質材料の提案・開発を行っていきます。具体的には、提唱したPacked acid mechanismが起こりやすい条件の探索による湿度依存性の少ない電解質材料の実現や、有機-無機異相界面以外でも酸高密度構造を構築するための電解質ポリマーの分子設計へと展開していきます。

1) N. Hara, H. Ohashi, T. Ito, T. Yamaguchi, J. Phys. Chem. B, 113, 4656-4663 (2009).
2) T. Ogawa, T. Aonuma, T. Tamaki, H. Ohashi, H. Ushiyama, K. Yamashita, T. Yamaguchi, Chem. Sci., 5, 4878-4887 (2014).
3) T. Ogawa, K. Kamiguchi, T. Tamaki, H. Imai, T. Yamaguchi, Anal. Chem., 86, 9362-9366 (2014).

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