東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2014.04.10

硬くて柔らかいデンドリマーによる協同的分子形状認識

分子認識の原理は生体において酵素触媒反応や抗原-抗体形成などの機能に欠かせないものです。一方で、人工の高分子や超分子を用いて同様の分子包摂を実現し、基質の形状選択性やドラッグデリバリー等の物質選択輸送への活用を目指すホスト-ゲスト化学も広く研究されてきました。あらゆる形、大きさ、電気双極子などの分子の特徴を鋭敏に見分けることができ、わずかな違いを大きな親和性の差として取り出す事ができるホスト分子の創製はこの分野の研究において大きな目標の一つです。しかしとりわけ、1 nmを超えるような比較的大きなゲスト分子の認識には困難な課題が存在します。その理由は、まずホスト分子内にコンフォメーションを固定してゲスト分子取り込むことが難しいということが挙げられます。大きなゲスト分子を認識するためには分子量が10,000を超えるような大きなホスト分子が必要ですが、溶液中などで一定の形状に保つにはかなり硬いフレーム構造が必要です。上手くゲストを一定のコンフォメーションで取り込めたとしても、次にホスト内部の内壁でゲスト分子の表面形状を認識するためには、離れた認識サイトを連動させる必要があります。これまでの報告は、比較的原始的なサイズ排除や、特定の官能基を基盤とした水素結合やイオン結合などの"点"認識を多重化した系など比較的認識しやすい系がほとんどでした。
私たちは単一構造の樹状高分子であるデンドリマーを用いた分子形状認識を検討してきました。実際、類似のアイデアは国内外のいくつかの研究グループにて過去にも検討されていましたが、単結合からなる柔らかい骨格で作られた多くのデンドリマーは内部空間の形状を保持することができないため微小な差を認識することには成功していません。逆に硬い骨格で作られたデンドリマーではキャビティが基質にフィットできないため極端な形状の不一致を認識できるだけです。その中間の堅さ、すなわちある程度の形状保持性を持ちつつ、可動域の範囲内であれば基質形状に適合できるような設計であれば優れた分子認識が可能になると予想され、実際にその特徴を有するフェニルアゾメチンデンドリマーを合成しゲスト分子との会合挙動を検討しました。
ポルフィリン錯体の可逆な軸配位を基軸として、様々な形状を持ったピリジン誘導体の会合定数を調査したところ、ある特定の形状のものだけがデンドリマー型ホストに対してのみ強い親和性を示すことが明らかとなりました。会合体の構造をNMR等で検討したところ、ゲスト分子の配座がホスト分子のキャビティ内できちっと固定され、安定な錯体となっていることが判りました。このゲスト分子には軸配位に寄与するピリジン以外の極性置換基は全くなく、上半分は芳香環とアルキル基のみから成っています。それにも関わらず、熱量測定からピリジン部位とそれ以外の部分の会合エンタルピーに対する寄与は共に約30 kJ/molとほぼ同等であることが判明しました。芳香環などが関与するCH/πやπ/π相互作用の寄与は一結合あたり数kJ/molと言われており、30 kJ/molものエンタルピー利得からは、非常に大きなホスト-ゲスト間の接触が示唆されます。

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図1 キャビティの空間形状一致によって得られる高い親和性と選択性

この分子認識系の最も大きな特徴は協同性の発現にあります。4-フェニルピリジン(1)はピリジン部分のみがデンドリマー内のポルフィリン錯体と軸配位し、会合体を形成しますが上半分のフェニル基は会合に全く関与しません。そのフェニル基のp-位に長鎖アルキルを修飾した2のピリジン誘導体も会合定数は無置換のピリジンと大差なく、アルキル基も殆ど分子間相互作用に関与していないように見えます。一方、Y字形状のフェニルピリジン誘導体はキャビティと良く相互作用し無置換ピリジンよりも高い会合定数を示します。これに同様の長鎖アルキルを修飾すると、こちらは対照的にさらなる会合定数の大きな増加が確認され、大きなエンタルピー利得が得られました。すなわち、同じ位置に修飾されたアルキル基であっても、前段階のY字形状が認識されて初めて相互作用が発現するという点で、分子の離れた部位であるのにも関わらず認識機構が連動しているということを示しており、生体における"induced-fit"と類似の現象が起こっていると考えられます。適度な堅さと柔らかさ(可動性)を兼ね備えることで、タンパク類似の協同効果の発現に至り、形状認識能とホスト-ゲスト親和性が実現したと考えられます。

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図2 多段階の協同的認識による形状選択性の発現

フェニルアゾメチンデンドリマーはこれまでに私たちが報告してきたように、様々な金属と精密な集積錯体を形成することができ、微小な金属クラスター粒子を合成するためのテンプレートなどにもなります。その内部に分子認識空間が構築されることでまさに生体でタンパクが担っているような機能の実現が可能になると期待されます。実際に、この分子形状認識を利用して様々な触媒反応の選択性付与に展開することも可能であり、現在、更なる検討を進めています。

参考文献
(1) "Macromolecular semi-rigid nanocavities for cooperative recognition of specific large molecular shapes" T. Imaoka, Y. Kawana, T. Kurokawa, K. Yamamoto Nat. Commun. 2013, 4, 2581.
(2) "Precision Synthesis of Subnanoparticles Using Dendrimers as a Superatom Synthesizer" K. Yamamoto, T. Imaoka Acc. Chem. Res. 2014, in press.



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