東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2014.07.08

鞭毛モーターの規則的配列機構の解明

1. 研究背景
 真核生物の鞭毛・繊毛は、細胞から生えた毛のような細胞小器官である。(1細胞からたくさん生える数μm程度の短いものを繊毛、「1細胞から数えられる程度生えるそれより長いもの」を鞭毛と呼ぶ習慣があるが、これらは本質的には同じ器官である。波打ち運動を行うタイプと、後述のダイニンを持たないため動かず、化学・力学センサーとして働くタイプがある。)その内部構造は原生生物からヒトまで共通の「9+2」構造を持つ(図1)。これは9組の2連微小管(タンパク質"チューブリン"から成る中空繊維)が2本の中心微小管を取り囲む円筒状構造であり、2連微小管の上にはモータータンパク質「ダイニン」が規則正しく並んでいる。
 このダイニンが生体エネルギーATPの加水分解によってエネルギーによって構造変化し、2連微小管間に滑り運動を起こすことで、鞭毛は波打ち運動を行う。この運動は、精子や微生物などの運動、脳室での脳脊髄液の循環、気管上皮での異物の排出、輸卵管での卵子の輸送など、さまざまな生物の多様な器官で重要な役割を担っている。
図1.jpg
図1(左上)材料に用いた緑藻クラミドモナスの細胞。2本の鞭毛を持ち、平泳ぎのように動かして水中を泳ぐ。鞭毛の長さは約12 μm。(左下)鞭毛の横断面の電子顕微鏡像と(中)その模式図。9組の2連微小管が2本の微小管を囲む「9+2構造」をもつ。2連微小管の上のモータータンパク質ダイニンが向かい側の2連微小管に対して滑り運動をすることで鞭毛は屈曲する。(右)2連微小管をダイニンの側から見た模式図。外腕ダイニンは24 nm周期で1列に配列している。他の構造は96 nm周期で配列している。
 鞭毛が根元から先端に向かって規則正しく波を伝播するには、ダイニンが周期的に結合していることが重要と考えられる。ダイニンには大きく分けて外側の「外腕ダイニン」、内側の「内腕ダイニン」の2種類があり、外腕は24 nm周期、内腕は96 nm周期でそれぞれ決まった場所に規則的に結合している(図1)。しかし、ダイニンがなぜ微小管に周期的に結合できるのか、そのメカニズムは分かっていなかった。
2. 研究成果
 ダイニンのうちもっとも強い力を出すのは外腕ダイニンである。近年の研究から、ヒトの体に生えるさまざまな鞭毛が動かない、生えないことによる疾患「原発性不動繊毛症候群」(水頭症、不妊症、呼吸器疾患などを引き起こす)の原因の多くが外腕ダイニンの異常であることが分かっている。私達は、外腕ダイニンがどうして決まった位置に規則的に並ぶことができるのかに着目して研究を開始した。
 鞭毛を動かすダイニンについての知見の多くは、単細胞緑藻クラミドモナス(図1)の突然変異株を使った研究によって得られてきた。私達は先行研究によってクラミドモナス鞭毛から発見された「ドッキング複合体」の機能に着目した。
 ドッキング複合体は3つのタンパク質からなる複合体である。ドッキング複合体を欠失した突然変異株の鞭毛には、外腕ダイニンの遺伝子に異常がないにも関わらず、外腕ダイニンが存在しないことが知られていた。このことからこのタンパク質複合体は外腕ダイニンの2連微小管への結合(ドッキング)に必要不可欠であると考えられ、「ドッキング複合体」と名付けられた。ヒトにおけるドッキング複合体構成タンパク質の相同遺伝子の異常が原発性不動繊毛症候群を引き起こすことが知られているため、ドッキング複合体の機能は生物種を問わず保存されていると考えられる。私達は、ドッキング複合体が、外腕ダイニンの微小管結合に介在するだけでなく、24 nmの周期性にも寄与している可能性を検討した。
 ドッキング複合体を大量精製し、電子顕微鏡法によって分子形状を観察したところ、長さ24 nmの楕円体状の構造をもつことがわかった。また、微小管とドッキング複合体を混合して、微小管上でのドッキング複合体の結合状態を調べたところ、ドッキング複合体同士が微小管上で結合していたことがわかった。
 ドッキング複合体をクラミドモナスの「外腕ダイニンおよびドッキング複合体欠失株」の鞭毛に混合したところ、正しい場所に、24 nmに1つの割合で結合した。この結合には強い正の協同性(ドッキング複合体が微小管に結合すると、そのすぐ横に別のドッキング複合体が招き寄せられる)があることが、詳細な結合解析により判明した。
 並行して、外腕ダイニンを構成する16種のタンパク質のうち、ダイニン分子の根元付近に位置するタンパク質に着目し、ドッキング複合体との相互作用解析を行った。その結果、ドッキング複合体が、少なくとも3つの相互作用経路を介して、外腕ダイニンと1:1で結合することが判明した。
 これらの結果を合わせて、ドッキング複合体がいわば外腕ダイニンを並べるための「分子定規」のような役割を持っている可能性があることがわかった。すなわち、「長さ24 nmのドッキング複合体が、微小管上の決まった位置に、間を空けずに数珠つなぎに結合する」ことが24 nm周期の基礎となる。ここに外腕ダイニンが「ドッキング複合体1つにつき1つ」の割合で結合することで、外腕ダイニンが規則正しく24 nm周期で並ぶことができるという構築モデルを提唱した(図2)。この研究によりダイニンの周期的微小管結合の分子メカニズムの一端が初めて明らかになった。
図2.jpg
図2 外腕ダイニンの24 nm周期構築モデル。まず、2連微小管の根元から先端に向かって、長さ24 nmのドッキング複合体が数珠つなぎに結合する。そこに、ドッキング複合体1つにつき1つの割合で外腕ダイニンが後から結合していき、最終的に外腕ダイニンが24 nm周期で配列する。
3. 今後の展望
 外腕ダイニンの周期性構築メカニズムの一端は判明したが、ドッキング複合体が実際に分子定規として機能しているか否か、長さを改変したドッキング複合体を用いて確かめる必要がある。さらに、なぜ微小管上の決まった位置にしか結合しないのかという謎が残っている。私達は、現在ドッキング複合体の結合位置決定メカニズムの解明に着手している。
 今後は周期的構造メカニズムの形成とともに、並行して行っている運動調節の研究にも力をいれ、「どんな生物の鞭毛も長さ方向に96 nmの厳密な周期的構造をつくりあげる」メカニズム、「鞭毛が規則正しい波動運動を形成し、細胞の状態に応じて動かし方を変えるメカニズム」の謎に迫っていきたい。
参考文献
(1) Protein-protein interactions between intermediate chains and the docking complex of Chlamydomonas flagellar outer arm dynein.
T. Ide, M. Owa, S. M. King, R. Kamiya, and K. Wakabayashi
FEBS Lett. 2013 Jul 11;587(14):2143-9. doi: 10.1016/j.febslet.2013.05.058.
(2) Cooperative binding of the outer arm-docking complex underlies the regular arrangement of outer arm dynein in the axoneme
M. Owa, A. Furuta, J. Usukura, F. Arisaka, S. M. King, G. B. Witman, R. Kamiya, and K. Wakabayashi
Proc Natl Acad Sci U S A. 2014 Jul 1;111(26):9461-6. doi: 10.1073/pnas.1403101111.

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