東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2014.05.08

貴金属錯体触媒に迫る担持銅触媒上での高選択的不均一系有機反応

1.初めに
金属担持固体触媒は回収が容易、再利用が可能といった特徴を本質的に備えているため、現行の石油化学プロセスで最も大きなエネルギーが必要な分離・精製プロセスを改善することができる。また製造品への重金属化合物混入が抑制できるため、医薬品等の製造プロセスに関わる精密有機合成に大きく貢献できると期待されるが、実際には固体触媒を用いた精密有機合成反応、とくに炭素-炭素の結合を位置・立体選択的に構築するような反応には、いまだ充分に活用されているとはいえない。
問題点がいくつか考えられる。まず、均一系錯体あるいはそれを固定化したいわゆるペンダント型触媒とは異なり、固体表面に均質な金属活性点を築くことが困難なためである。これは固体表面の凹凸や種々の担持サイトの存在が原因と考えられる。またこの難点は、触媒種の反応性を制御したり、立体選択性発現の基盤ともなる配位子が、固体表面の金属活性点と相互作用させる際にも問題となりそうである。高選択的有機合成に多大に貢献してきた遷移金属、とくに後期周期遷移金属種は、固体表面で凝集しやすく活性な状態を維持できないことも問題である。加えて未来型の触媒設計をするうえで、希少性の高い貴金属種を活用することが適切か、という点も考慮すべきである。 
本稿では当研究室の試みである、1)均質な表面を活用する、2)担持金属種の状態を均一にする、3)クラーク数上位元素を組み合わせ、貴金属に頼らない触媒種を創出する、といった要素を軸に、最近見出された不均一系高選択的有機反応について紹介したい。

2.銅担持シリカメゾ多孔体
 MCM-41に代表されるシリカ(SiO2)系メゾ多孔体は、均質な表面とサイズ制御されたナノ細孔をもつ。当研究室で主に扱う直径2nmほどの細孔は小分子化合物が十分に往来できる大きさだが、細孔内に取り込まれた有機分子が、表面とどのような相互作用を持つのか、その相互作用が有機分子の反応性にどのような影響を与えるのかは非常に興味深い。我々は以前、MCM-41上に金属種を高分散担持する手法として、テンプレートイオン交換法を開発したが、最近、Siに対しAlを2%程度加えたMCM-41前駆体を用い、テンプレートイオン交換により銅を担持すると、Al近傍に孤立Cu(I)種が選択的に生成すること、Al量がそれより少ないとCu2O種が生成することを見出した。我々はこの孤立Cu(I)が高活性固体触媒種として活用できうると考え、以下に示す反応に取り組んだ(図1)。


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図1.表面修飾と壁成分の工夫による高機能活性点の構築

3.不斉シクロプロパン化、不斉C-H官能基化反応
配位子を固定化し、金属種との錯形成を利用する、いわゆるペンダント型固定化触媒による不斉合成反応はかなり報告されているが、真に安定な不均一系触媒を創出するためには、上述のように固体表面の活性点を利用する方が望ましい。また「後付け」で機能化する方がより汎用性に富む。
我々はMCM-41上の孤立Cu(I)が、ジアゾエステルを速やかに活性化できることを見出し、シクロプロパン化やC-H結合挿入反応に応用できることを見出した。例えば、キラル修飾剤L1/Cu-MCM-41存在下、ジアゾエステル1とシリルエノールエーテル2を反応させると、対応するシクロプロパン誘導体のうちほぼ単一の立体異性体3が生成する(式1)。この異性体とそのエナンチオマーとの生成比は99/1である。銅触媒によるジアゾエステルとスチレン誘導体とのシクロプロパン化は古典的な不斉反応の一つであるが、スチレン以外の官能基化されたオレフィン基質とのシクロプロパン化は研究例が乏しい。たとえばシリルエノールエーテルをオレフィン基質とする例について、高立体選択性が報告されているのは均一系ロジウム錯体触媒のみである。つまりシリカ表面に固定化されたCuは、近傍のAlとL1を共存させることにより、キラルロジウム錯体触媒に匹敵する性能を獲得したのである。

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Scheme 1

 L2を修飾剤とし、ジアゾエステル4と1-メチルインドール(5)を反応させると、インドールC3-H結合に4由来のカルベンが挿入した生成物6が少量の異性体を伴って生成した。この生成物は植物ホルモンに見られるインドール-3-酢酸の誘導体として興味深い化合物である。一方、L1を修飾剤とすると、1,2-ジメチルインドール(7)との反応によりジアゾエステルサイドの反応位置の異なる生成物8が選択的に得られた。さらにこの8は89 %eeの不斉選択性を示した(式2)。本反応はインドール-3-ブタン酸誘導体の立体選択的な新規合成法であると同時に、修飾剤の選択という「後付け」機能により生成物選択性を制御できた興味深い結果であると考えている。

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Scheme 2


4.C(sp2)-C(sp)、C(sp2)-C(sp2)クロスカップリング反応
 薗頭反応や鈴木-宮浦反応はそれぞれC(sp2)-C(sp)、C(sp2)-C(sp2)クロスカップリングの代表例であり、日本で見出された重要な炭素-炭素結合生成反応である。これらの反応も、パラジウムに代表される貴金属触媒を用いての研究が精力的に展開されているほか、最近では銅、鉄などのベースメタルの活用例も多い。例えば銅触媒による末端アルキンとハロゲン化アリールとのクロスカップリングに対し、銅塩が活性を示すことは以前から報告があるが、すべて配位子が必須であり、また固定化された銅への展開例は乏しい。一方上記のシリカ表面の孤立Cu(I)を用いればそれが可能である。塩基共存・加熱条件が必要なため触媒の再利用性はやや落ちるが、貴金属、ホスフィン系配位子不要な触媒系として有用と考えている(図2)。
薗頭反応もその範疇に含まれるが、有機ホウ素、有機亜鉛といった有機典型金属化合物を用いないクロスカップリング反応が今後のクロスカップリング反応研究の主流になると予想される。強親電子的な反応剤の活用、あるいは酸化的脱水素反応がそれを可能にするが、我々は超原子価ヨウ素化合物によるCu-MCM-41上の強親電子アリール化種に注目している。最近、超原子価ヨウ素化合物9を用いれば、官能基化されていない芳香族化合物、とくにキシレン類を効率よくフェニル化できることを見出した(式4)。芳香族化合物にカルボニル基を導入すればカップリング位置を制御することが可能である。ヨウ素は本質的にリサイクルが可能であるから、きわめて効率の良いクロスカップリング系の構築につながるものと期待している。

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図2. Cu-MCM-41上でのクロスカップリング



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Scheme 3


5.おわりに
 これまでにも、不均一系精密有機合成反応は多数取り組まれてきた。均一系で可能な反応を不均一系で、というだけではもはや研究としては成り立たない。一方、ナノ細孔内・固体表面という特殊な環境下では、新たな反応性の獲得、新反応の実現など、未知な領域が隠されているはずである。本稿では銅イオンメゾ多孔体の反応性について、その端緒にあたる内容を紹介したが、次の機会では更なる成果について報告したい。

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