東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

NEWS & TOPICS

NEWS & TOPICS

最新の研究

  • 2014.09.22

光触媒によるアルケンの酸化的トリフルオロメチル化反応
-有用な有機フッ素化合物中間体の簡便・短工程合成を実現-

 近年、含フッ素低分子医薬品が増加している。1991年から2011年の間に売り出された新薬の14%が含フッ素医薬品といわれている1。フッ素化合物の特異な性質は以下に要約される2 。①全元素中最大の電気陰性度を有し、結合している炭素および近傍の炭素の電子密度を下げ、分子の化学状態の変化や酵素による酸化の抑制をもたらす。②水素原子につぐ小さな原子であり、水素をフッ素に置き換えても生体は立体的に識別できず取り込む。③炭素−フッ素結合は、炭素−水素結合や、炭素−炭素結合に比べ非常に強固であり、化学・代謝安定性を有する。④フッ素化合物は親油性を増し、生体内での吸収、輸送を促進する。このような性質から、様々な有機フッ素生物活性物質が開発されている。それと同時に、簡便に、工程数を少なくフッ素ユニットを分子骨格に導入する手法の開発も重要な研究課題となっている。我々の研究グループでは、光触媒作用を研究する一方で本課題に取り組み、市販されているとり扱い容易なTogni試薬やUmemoto試薬という求電子的トリフルオロメチル化剤(図1)を用いることでアルケン類のトリフルオロメチル化反応が効率よく進行することを見いだし 3。我々の開発した反応の特徴は、炭素−炭素二重結合にトリフルオロメチル基を導入するだけでなく、同時に他の官能基も導入できる。今回紹介する研究は、カルボニル基の導入反応(酸化的トリフルオロメチル化)である4

1.jpg

図1 求電子的トリフルオロメチル化剤

 図2に示すように2 mol%のイリジウム光触媒存在下、β−メチルスチレンとTogni試薬のジメチルスルホキシド(DMSO)溶液にLEDランプで可視光を照射すると、室温2時間で位置選択的にCF3基とカルボニル基が導入されたトリフルオロメチルケトンが収率75%で得られた。すなわち、炭素-炭素二重結合に対して酸化的トリフルオロメチル化反応が進行した。本反応は、様々な官能基を有する基質に適用可能(21例)である。

2.jpg

図2 光触媒によるアルケンの酸化的トリフルオロメチル化

本系の特徴としてジメチルスルホキシドをマイルドな酸化剤として使用している点がある。ジメチルスルホキシドは汎用有機溶媒であるが古くから酸化剤としても知られている。例えば図3に示すKornblum酸化はアルキルハライドにDMSOが付加し、アルコキシスルホニウム塩を形成した後、つづく塩基の作用でイリドを経由して進行すると考えられている。我々の反応系においては光触媒の一電子酸化還元プロセス(photoredox SET processes)によって生じるβ-トリフルオロメチルカチオンに、DMSOが付加し、Togni試薬から生じるベンゾエートが塩基として働きCF3化とDMSO酸化が連続して進行したと考えている。通常のDMSO酸化では塩基の添加が必要であるが本反応系は、塩基の添加も不要で簡便な操作で実施可能である。

3.jpg

図3 DMSOによる温和な条件での酸化反応

4.jpg

図4 従来法と本方法の比較

 従来、トリフルオロメチルケトン類は対応するケトン類の活性化を経て合成されるのが一般的であったが、本研究成果によりアルケン類を原料として一段階で合成できるようになった(図4)。さらにグラムスケールでの反応も可能である。今後も、簡便・短工程で有用な有機フッ素化合物の新しい合成法の開発とその医農薬品としての利用をめざす。

参考文献
(1)ファルマシア 2014年1月号 「構造式から眺める含フッ素医薬」井上宗宜
(2)創薬化学--有機合成からのアプローチー 北泰行・平岡哲夫編
(3)(a) Y. Yasu, T. Koike, M. Akita, Angew. Chem. Int. Ed., 2012, 51, 9567-9571. (b) Y. Yasu, T. Koike, M. Akita, Org. Lett., 2013, 15, 2136-2139.
(4)R. Tomita, Y. Yasu, T. Koike, M. Akita, Angew. Chem. Int. Ed., 2014, 53, 7144-7148.

ページトップへ