東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2015.10.08
  • 福島・庄子研究室

直線型多座配位子を用いた遷移金属錯体の創製と機能

金属錯体は金属と主に有機物からなる配位子から形成された化合物群であり、金属のみ・有機物のみでは達成し得ない性質・機能を発現できることから広く研究が行われています。複数の金属と相互作用できる場所を持つ配位子は、様々な形式の金属-配位子結合を形成できるため、多彩な構造の金属錯体を生成でき、金属との相互作用箇所を1つしか持たない配位子によって形成された錯体と異なる性質・挙動を示すことが期待されます。
このような化合物として、剛直且つ複数の金属配位可能部位を持つ1,9,10-アンチリジン(Scheme 1)が挙げられます。1,9,10-アンチリジンは3個のピリジンが縮環したアントラセン型の骨格で、3個のイミン窒素が一方のへりに並んだ構造を持っています。

Scheme 1_1.jpg

Scheme 1. 1,9,10-anthyridine

 このため、1,9,10-アンチリジンを配位子とした錯体は、Scheme 2に示す多様な構造を取ることが期待できます。しかしながら、これまで1,9,10-アンチリジンを配位子とする金属錯体の研究例は非常に限られており、数例の報告があるに留まっています[1]

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Scheme 2.

 我々は、1,9,10-アンチリジンを配位子に有する新規の遷移金属錯体を合成し、それらの示す特異的な性質・挙動に興味を持って研究を行っています。1,9,10-アンチリジンの持つ多座配位能力、酸化還元特性、発光特性等を利用した分子素子の開発を目指した研究について紹介します。

動的挙動を示すルテニウム錯体[2]

 1,9,10-アンチリジン誘導体であるジベンゾ[c,h]アンチリジン (dbanth)を配位子に持つルテニウム錯体[1](PF6)2を合成し、2個のイミン窒素がRuに対してキレート配位した構造であることを明らかにしました (Figure 1)。

Figure 1_PW_re.jpg

Figure 1. 錯体[1]2+の構造

この錯体のN-Ru-Nの結合角は約63°であり、90°よりもかなり鋭角で、歪みがかかっています。この錯体はアセトンに溶解すると褐色を呈しますが、アセトニトリルに溶解すると黄色い溶液となります (Figure 2)。

Figure 2_1.jpg  Figure 2. [1](PF6)2の溶液

そこで、アセトニトリルを溶媒に用いて結晶を作成し、構造解析を行ったところ、二座で配位していたdbanthの一方のRu-N結合が開裂し、1分子のアセトニトリルが配位した錯体[2](PF6)2が生成したことが明らかになりました(Figure 3)。

Figure 3_PW_re.jpg
Figure 3. 錯体[2]2+の構造

この[2](PF6)2をアセトンに溶解しなおすと速やかに[1](PF6)2が再生しました。すなわち、[1](PF6)2と[2](PF6)2の間で構造の相互変換が可能であることがわかりました (Scheme 3)。

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Scheme 3.

さらに、アセトニトリルに溶解した錯体の溶液の挙動を詳細に検討したところ、Scheme 4に示す配位サイトの変換が起こっていることを見出しました。サイトの変換の機構は、アセトニトリルの配位-解離に伴う単座-二座の配位形式の変化の間に中央のイミン窒素での単座配位が起こることによると考えています。

Scheme 4.jpg

Scheme 4.

以上のように、この錯体は溶媒の作用によって構造を変えるのみならず、動的な挙動の発現、分光学的性質の変化などの特徴ある性質を示すことが明らかになりました。これは、アンチリジン骨格の持つ特性、すなわち"窮屈な"キレート構造を形成することと、金属-配位子の可逆な配位結合によりもたらされたものです。今後は、この性質を利用した動的分子素子への応用、この錯体を元素ブロックとする物質創製へと展開していきます。

謝辞:本研究の一部は科研費新学術研究「元素ブロック高分子材料の創出」の助成を受けました。

[1]  (a) S. -M. Peng et al., New J. Chem. 2012, 36, 2340.
   (b) S. -T. Liu et al., Organometallics. 2013, 32, 4009.
   (c) S. -T. Liu et al., J. Chinese Chem. Soc. 2013, 60, 839.
   (d) M. Yagi et al., Inorg. Chem. 2015, 54, 7627.
[2]  S. Hirakawa, T. Koizumi, Inorg. Chem. 2014, 53, 10788.

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