東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2016.01.19

高い電子伝達能を示す有機金属分子ワイヤーの開発

 日常、私たちが使用している電子機器は、電子回路の小型化技術の開発によってその性能が向上しています。特に、半導体シリコンデバイスの微細化は10ナノメートルスケール(10-8 m)まで到達していますが、さらなる微細化はコストの大幅な上昇が見込まれており、その代替技術の開発は必須です。そこで、分子一つ一つに機能をもたせ、それらを集積し電子回路を構築する分子回路が期待されています。分子回路は分子の大きさである1〜数ナノメートルサイズの「分子素子」を利用するため、電子回路の小型化が可能です。分子素子の中でも最も基本的かつ重要な機能を担うのは、電子を伝導する分子ワイヤー(分子導線)です。しかし、一般に分子ワイヤーの電気伝導度はその距離に対して累乗で減衰していくため、優れた伝導度を示す分子ワイヤーの開発は重要な課題となっています。

Figure1_j_R.jpg

図1.有機金属分子ワイヤーとポルフィリン架橋Ru分子ワイヤー

 私たちの研究室では、これまでに金属錯体(M)と炭素(C)が共有結合して得られる有機金属錯体に着目して、有機金属分子ワイヤーを開発してきました(図1)1。有機金属分子ワイヤーは金属--炭素間の強固な相互作用に基づく高い電子伝達能が期待でき、またπ共役系の架橋配位子を介した金属間の電子移動能を電気化学的・分光学的手法を用いて簡便に評価することができます。これまでにπ共役系架橋配位子の中でもピロールやフランといったヘテロ芳香環の導入が電子伝達能を向上させる鍵であることを明らかとしてきました2。そこで本研究では、より大きなπ電子系をもつヘテロ芳香環としてポルフィリンを架橋配位子とした分子ワイヤーの開発を行いました(図1右)3

 末端金属フラグメントとしては電子豊富なRu錯体を用いてポルフィリン架橋Ru分子ワイヤーを合成しました。サイクリックボルタンメトリー測定を行うと3つの酸化還元波が観測されました(図2左)。第一・第二酸化還元波はRuユニットに、第三酸化還元波はポルフィリン由来であるとそれぞれ帰属しました。半端電位の差(ΔE = 0.31 V)から、電子伝達能の指標である均化定数(KC)は1.8 x 105と大きな値を示しました。また、一電子酸化したRuII-RuIIIの混合原子価状態では、電子移動に由来する分子内電荷移動遷移(IVCT)吸収帯が近赤外領域に観測されました(図2右)。またIVCT吸収帯に溶媒依存性がないことから、ポルフィリン架橋Ru分子ワイヤーは、Robin-Dayらの分類で最も電子伝達能の高いClass IIIに帰属しました。このIVCT吸収帯から算出できる電子カップリング(Vab)は2644 cm-1でした。これらKCおよびVabの値は、既報のベンゼン架橋Ru分子ワイヤー(KC = 8.0 x 104, Vab = 617 cm-1) 4と比べて、大きい値を示しました。Ru-Ru間距離を比較するとポルフィリン架橋Ru分子ワイヤーは1.6 nmなのに対して、ベンゼン架橋Ru分子ワイヤーは1.2 nmです。つまり、金属間距離が長いにも関わらず、より高い電気伝導度を示したことになり、ポルフィリン架橋Ru分子ワイヤーが非常に優れた分子ワイヤーであることが明らかとなりました。

Figure2_R.jpg

図2. ポルフィリン架橋Ru分子ワイヤーのサイクリックボルタモグラム(左)
とモノカチオン種の近赤外吸収スペクトル(右)

 高い電子伝達能の由来を明らかにするためにモデル錯体のDFT計算を行いました(図3)。モノカチオン種では、ポルフィリン架橋Ru分子ワイヤーのスピン密度はルテニウムと架橋配位子全体に分布しており、ベンゼン架橋分子ワイヤー(0.59e)に比べ架橋配位子の寄与がより大きい(0.73e)ことがわかりました。これはポルフィリンがベンゼンよりも大きなπ電子系を持ち、酸化されやすい(高いHOMO軌道準位を示す)ためであると考えられます。一方、中性体のRu-C結合距離はポルフィリン架橋Ru分子ワイヤーではベンゼン架橋Ru分子ワイヤーに比べてやや短くなりました。またIR伸縮振動の値は低端数へシフトしました。これはRu原子からアセチレン部位への逆供与結合の寄与が強くなった結果で、ポルフィリン配位子の低いLUMO軌道準位を反映しています。以上の結果は、ポルフィリン架橋配位子の小さいHOMO-LUMOエネルギー差が不対電子の非局在化を促し、金属--架橋配位子間の結合を強めることで、長距離高電子伝達能が達成されたことを示唆しています。

Figure3_R.jpg

図3.モデル化合物のモノカチオン種のスピン密度分布

 以上、私たちは長い距離で、極めて高い電子伝達能を示す分子ワイヤーの開発に成功しました。これまでに1ナノメートルを超える分子ワイヤーでclass IIIに分類される例はほとんど報告されていません。これらの知見を基に、現在は、機能性分子ワイヤーの開発や実際に金属電極へ架橋した際の電気伝導度計測に挑戦しています。

参考文献
1. M. Akita, T. Koike, Dalton Trans., 2008, 3523-3530
2. Y. Tanaka, T. Ishisaka, T. Koike, M. Akita, Polyhedron, 2015, 86, 105-110. (Prof. Claude Lapinte special issue)
3. Y. Tanaka, M. Ono, M. Akita, J. Porphyrins Phthalocyanines, 2015, 19, 442-450. (Prof. Shunichi Fukuzumi special issue)
4. M. A. Fox, B. Le Guennic, R. L. Roberts, D. A. Brue, D. S. Yufit, J. A. K. Howard, G. Manca, J.-F. Halet, F. Hartl, P. J. Low, J. Am. Chem. Soc., 2011, 133, 18433-18446.

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