東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2016.12.16
  • 田中・吉田研究室

原始紅藻における植物ホルモン『アブシシン酸』機能の解明

 植物ホルモンは環境変化やストレスに対する応答として合成され、低濃度で組織に作用し、シグナル伝達や生理作用を制御する物質です。普段目にする陸上植物では、植物ホルモンが分化や生長、形態形成など様々な生理現象に重要な働きをしています1。数種類知られている植物ホルモンの中でも、アブシシン酸は塩・乾燥・寒冷等に対するストレス応答や気孔の開閉、種子の休眠などを行ない、植物の環境への適応において極めて重要な役割を果たしています。一方で、アブシシン酸はシアノバクテリアや単細胞性藻類などの原始的な光合成生物からも検出されており、植物ホルモンの中でも進化的に早い段階で獲得されたと考えられています。しかし、これらシアノバクテリアや単細胞藻類でのアブシシン酸の機能には不明な点が多く、実際に植物ホルモンとして機能しているのかどうか明らかではありませんでした。

 我々はこの謎を明らかにするために、最も原始的な藻類であるCyanidioschyzon merolae(通称シゾン)に着目しました。シゾンは酸性度が高く高温の温泉に生息する単細胞性の紅藻です。葉緑体やミトコンドリアを一つずつしか持たず形態観察が容易で、すべてのゲノムが解読されているため新たなモデル生物として着目されている生物です2。シゾンのゲノムを探索した結果、アブシシン酸の合成やシグナル伝達に関わる遺伝子群が存在していることがわかりました。そこで我々は、シゾンにおけるアブシシン酸の働きを解明することで、植物における機能的なアブシシン酸の起源を明らかにすることができると考えて研究を行いました。まずシゾン細胞から実際にアブシシン酸が検出されるかどうかを検証しました。その結果、塩ストレスに曝されたシゾン細胞からアブシシン酸が検出されることが判明しました(Table 1)。さらに、培養液にアブシシン酸を添加すると、シゾン細胞の増殖が停止することを明らかにしました。さらに、これはアブシシン酸の効果により細胞周期のG1/S移行が阻害されるために起こることを突き止めました。以前の研究で、我々は細胞周期のG1/S移行に、細胞内で合成されるテトラピロール分子が関与することを明らかにしています3。テトラピロールは、生体内では最終産物であるクロロフィルとヘム及びそれらの合成中間体として存在しています。そこで、アブシシン酸添加時にテトラピロール類の蓄積量を調べた結果、非結合性ヘム分子の量が変化していることが明らかになりました(Figure 1A)。そしてその後の解析の結果、この非結合性ヘム分子の減少が細胞周期の停止を引き起こす原因であることを明らかにしました。陸上植物でも、アブシシン酸は細胞内非結合ヘム量の変化を引き起こすことが知られています4。ここで、陸上植物でのアブシシン酸によるヘムの調節はTSPOと呼ばれるタンパク質によって調節されています4。シゾンで解析を進めた結果、TSPOは陸上植物と同様に非結合性ヘム量の調節に関わることを示すことができました。シゾンではアブシシン酸によって誘導されたTSPOが非結合性ヘムを減少させ、それによりG1/S移行が阻害されることが示唆されました5, 6(Figure 1B)。

Table 1. シゾン細胞中のアブシシン酸量table1.jpg

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Figure 1. アブシシン酸添加による細胞内非結合性ヘム量の変化 (A)、シゾンにおけるアブシシン酸の機能のモデル (B)、高塩条件下でのシゾン細胞の生存率 (C)

 では、なぜアブシシン酸は細胞増殖を停止させる必要があるのでしょう?アブシシン酸は塩ストレスによって合成されるので、塩に対する耐性と関係があるだろうと考えました。そこでアブシシン酸合成ができない突然変異株を作製し、高塩条件下での生存率を野生株と比較しました。野生株が生存可能な塩濃度であってもアブシシン酸合成ができない突然変異株は死滅してしまいました。この際、野生株はアブシシン酸の効果によって細胞増殖が停止していました。塩ストレスは生体内で活性酸素を発生させることが知られています。細胞が分裂するにはDNAを2倍に複製する必要がありますが、この際DNAは活性酸素に対して弱くなることが知られています。また、実際に分裂する際は細胞膜のダイナミックな動きが必要であり、この際も活性酸素に弱くなります。このことから、アブシシン酸は細胞分裂を停止させることで塩ストレスから細胞を保護していることが示唆されました5,6

 これらの発見は、最も原始的な植物であるシゾンが既にアブシシン酸をストレス応答の植物ホルモンとして用いていることを示しています。つまり、アブシシン酸応答システムは最も原始的な単細胞藻類が生まれた段階で既に獲得されていたと考えられます(Figure 2)。今回の発見は植物進化解明の一助になるだけにとどまらず、解析を重ねることでストレスに強い作物の品種改良への応用が期待されます。

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Figure 2. 植物進化におけるアブシシン酸獲得のモデル.

References

1. Hauser, F., Waadt, R. and Schroeder, J.I. (2011) Evolution of abscisic acid synthesis and signaling mechanisms. Curr. Biol. 21: R346-R355.

2. Kobayashi, Y., Ohnuma, M., Kuroiwa, T., Tanaka, K. and Hanaoka, M. (2010) The basics of cultivation and molecular genetic analysis of the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae. Endocytobiosis Cell Res. 20: 53-61.

3. Kobayashi, Y., Kanesaki, Y., Tanaka, A., Kuroiwa, H., Kuroiwa, T. and Tanaka, K. (2009) Tetrapyrrole signal as a cell-cycle coordinator from organelle to nuclear DNA replication in plant cells. Proc. Natl Acad. Sci.
USA 106: 803-807.

4. Vanhee, C., Zapotoczny, G., Masquelier, D., Ghislain, M. and Batoko, H. (2011) The Arabidopsis multistress regulator TSPO is a heme binding membrane protein and a potential scavenger of porphyrins
via an autophagy-dependent degradation mechanism. Plant Cell 23: 30 785-805.

5. Kobayashi, Y., Ando, H., Hanaoka, M. and Tanaka, K. (2016) Abscisic acid participates in the control of cell-cycle initiation through heme homeostasis in the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae. Plant Cell Physiol. 57, 953-960.

6. Kobayashi, Y. and Tanaka, K. (2016) Transcriptional regulation of tetrapyrrole biosynthetic genes explains abscisic acid-induced heme accumulation in the unicellular red alga Cyanidioschyzon merolae. Front. Plant Sci. 29 (http://dx.doi.org/10.3389/fpls.2016.01300)

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