東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所

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  • 2017.05.08
  • 宍戸・久保研究室

非偏光・色素不要な新規分子配向法 〜光による二次元配向パターニング〜

 高分子や液晶などソフトマテリアルの機能は,構成分子の構造およびその配向によって決定される。近年では,既往の高機能ソフトマテリアル作製を主導してきた有機合成的アプローチによる分子構造設計に加えて,分子をマクロスケールで集積し,配向を制御することで機能化する加工プロセスも注目されている。中でも,液晶材料は協同現象により一分子の動きや配向がドミノ的に周囲へ長距離伝搬する特性を有するため複雑な秩序構造を自発的に形成でき,かつその構造を熱や光などの外部刺激により制御できる利点から,鍵材料の一つとなっている。1-3実際,液晶分子の配向を空間的に制御することで,液晶ディスプレイに留まらず,レーザー,集積回路,ソフトアクチュエーター,人工皮膚などエレクトロニクスからフォトニクスやヘルスケアなど幅広い分野において有用な材料の創製が提案されてきた。しかしながら,依然として配向制御技術の開発は黎明期にあり,二次元以上の複雑な配向構造を制御する方法は限られているのが現状である。

 最も有力な手法として,光刺激による非接触・空間選択的な配向法が注目されている。4-7アゾベンゼンの光異性化や桂皮酸の光二量化など光化学反応を利用した分子配向変化や,色素分子と光電場の物理的相互作用を利用した配向変化が一般的である。しかしながら,既存の手法では,色素への偏光照射が必須であり,色素による光学や力学物性の低下が避けられない点や,二次元的な配向パターニングにおいては空間的な偏光分布の精緻かつ動的な制御が必要不可欠な点に課題がある。大面積で微細かつ複雑な配向を有する機能性ソフトマテリアル作製のボトルネックとなっていた。最近われわれは,光重合による物質拡散を駆動力とした,偏光および色素不要な光物理化学配向法の開発を進めている。8

 本研究では,洗浄したガラス基板二枚を貼り合わせ,厚さ3 µmのガラスセルを作製し,シアノビフェニルアクリレートモノマー・架橋剤・紫外領域に吸収を持つ光重合開始剤の混合物を調製した。ガラスセルへ毛細管現象を利用し,重合用試料を浸透後,高圧水銀灯から取り出した365 nmの紫外光を,ライン&スペース500 µmパターンを有するフォトマスクを介して10分間照射することで光重合を行い,フィルムを得た(Fig. 1)。偏光顕微鏡でフィルムを観察したところ,パターン周期の倍周期で均一な光学異方性が発現した。偏光紫外可視吸収スペクトル測定により詳細な解析を行った結果,光学異方性は一軸方向に配向したシアノビフェニル骨格に由来することが明らかとなった。一方,フォトマスクを介さず全面照射を行ったサンプルを同様の手法により観察したところ,均一な光学異方性は生じず,ランダムなポリドメイン構造を形成した。このことから,空間的な光強度分布を有する光重合が,均一な光学異方性および分子配向誘起に必要不可欠であることが明らかとなった。

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図1.ライン&スペースパターンを有するフォトマスク画像(a).10分間のマスク露光により得られたフィルムの偏光顕微鏡画像(b)および偏光紫外可視吸収スペクトル(c).スケールバー:100 µm.矢印:フォトマスクのラインパターンと垂直方向.

 光重合による分子配向誘起のメカニズムを検討するために,ガラスセルを解体しフィルムの表面形状を分析した(Fig. 2)。フィルム表面には,マスクパターンの周期と一致した凹凸構造が形成されており,その山・谷の中心は,それぞれ露光部・遮光部の中心部であった。加えて,マスク露光時間を10分間から1秒間に変更し重合すると,凹凸構造の高さが著しく減少した。この原因は,Flory-Huggins理論を基礎とした先行研究から鑑みるに,マスク露光過程において,露光部に向かって分子が拡散,集積したためだと考えらえる。それに基づき,次のメカニズムで分子配向が誘起されたと考えている。第一に,マスク露光に伴い露光部でポリマーが生成するため,遮光部との化学ポテンシャルに差異が生じる。第二に,両者の境界部で一軸方向への物質拡散が誘起される。第三に,この物質の流れが分子にせん断応力を印加するため,露光−遮光部境界でせん断応力方向(分子拡散方向)に沿って均一な一軸配向が形成する。

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図2.マスク露光により得られたフィルムの表面形状プロファイル.矢印:フォトマスクのラインパターンと垂直方向.

 われわれが開発した光物理化学配向法では,照射光形状の空間的な設計のみで,二次元での配向制御を一段階で行うことが可能である。そこで,ピンホールマスクを介し光重合を行ったところ,放射状配向を誘起できた(Fig. 3)。今後の研究の発展により,二次元の複雑な配向構造の形成およびその微細アレイ状構造を有する大面積フィルムを,一段階かつ偏光・色素不要で作製できる。さらに,分子配向の駆動原理がすべての材料において普遍的な物質拡散であることを考慮すれば,本配向法では液晶分子に限らず多様な分子系やナノ粒子なども同様に配向パターニングが可能である。配向性ソフトマテリアル作製の基盤技術として展開していきたい。

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図3.200 µmのピンホールを有するフォトマスク画像(a).露光領域に放射状分子配向を有するフィルムの偏光顕微鏡画像(b)および概念図(c).スケールバー:100 µm.

【References】

  • 1.T. Kato, Science, 295, 2414 (2002).
  • 2.G. M. Whitesides, B. Grzybowski, Science, 295, 2418 (2002).
  • 3.S. J. Woltman, G. D. Jay, G. P. Crawford, Nat. Mater., 6, 929 (2007).
  • 4.T. J. White, D. J. Broer, Nat. Mater., 14, 1087 (2015).
  • 5.A. Priimagi, C. J. Barrett, A. Shishido, J. Mater. Chem. C,
     2, 7155 (2014).
  • 6.K. Fukuhara, S. Nagano, M. Hara, T. Seki, Nat. Commun.,
     5, 3320 (2014).
  • 7.I. C. Khoo, Phys. Rep,, 471, 221 (2009).
  • 8.K. Hisano, Y. Kurata, M. Aizawa, M. Ishizu, T. Sasaki, <br/ > A. Shishido, Appl. Phys. Express, 9, 072601 (2016).

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