最新の研究
- 2022.09.01
- 山口・黒木研究室
実験、第一原理計算、データ科学に基づく 水素製造用鉄系電極触媒の設計戦略
昨今のエネルギー問題により、脱炭素社会の実現のための代替エネルギーの技術革新がより一層求められている。太陽光や風力などの再生可能エネルギーは、脱炭素社会実現のための有望なエネルギー源の一つとして注目されている。再生可能エネルギー由来の電力を利用する例として、地球に豊富に存在する水を電気分解し、重量エネルギー密度が高くカーボンフリーの化学燃料として期待されている水素を生成させる水電解技術が挙げられる。中でもアルカリ水電解は、酸性環境下で行う固体高分子形水電解とは異なり、安価な卑金属を電極触媒やデバイス部材などとして用いることが可能なため、大規模な工業プロセスとしての普及拡大が期待されている。従来のアニオン交換膜形水電解用の電解質ポリマーはアルカリ耐久性が不十分という問題を抱えていたが、我々は以前の"最新の研究"で紹介したように、80 °Cでの電解試験で150 時間以上安定な高耐久全芳香族アニオン交換ポリマーを開発した[1] (http://www.res.titech.ac.jp/english/news/reserch/202101.html)。しかし、現在水電解におけるアノードの酸素発生反応 (OER)の過電圧が大きく、普及の妨げとなっている。そのため、高活性かつ安価なOER用電極触媒が望まれている。
鉄(Fe)は地球上に豊富に存在する元素で、非常に安価[2]、低毒性、環境に対し低負荷であるため、鉄から成る電極触媒が近年注目されている。鉄そのものはOERに対する触媒活性が低いため、既往の研究では鉄と他の金属を含有させることでOER活性を向上させている。しかし、これらの研究の多くは元素の選択に着目したものであり、触媒の元素組成によってOER活性を調節しようとしていた。一方、OER活性に対する結晶構造の影響はこれまで十分に議論されてこなかった。
そこで我々の研究室、東京工業大学の鎌田慶吾准教授、伊藤満名誉教授、防衛大学校の濵嵜容丞助教の研究チームは、鉄系酸化物型電極触媒のOER効率に及ぼす結晶構造の影響の系統的な調査のため、鉄の単純酸化物および金属二元系複合酸化物のOER活性を我々自身の実験[3] および文献[4] から収集した。また、各化合物の構造パラメータを無機化合物の構造データベース(ICSD)から収集した。Fig. 1a に当研究で調査した鉄系酸化物を示す。そしてFig. 1bのように、鉄系複合酸化物のOER効率は、バルク結晶中の最小のFe-O結合長と明確な相関があり、Fe-O結合長が短いほどOER活性が高くなるというこれまで未知であった関係を見出した。一方、Fig. 1c-fに示すように、OER効率はその他の構造のパラメータ:最小のFe-O-Fe結合角、最小のFe-Fe原子間距離、結晶内の稜共有および面共有の結合様式をとるFeOx 多面体の割合、最大の多面体の歪み指数、とは明確な相関を示さなかった[3a]。
Fig. 1 |
(a) データを収集した鉄系酸化物の結晶構造.1.65 VにおけるFe2O3ポリモルフ[3a]、既報の鉄系酸化物型OER触媒[3b, 4] のOER活性と(b) 最小のFe-O結合長, (c) 最小のFe-O-Fe結合角, (d) 最小のFe-Fe原子間距離, (e) 結晶内の稜共有および面共有の結合様式をとるFeOx 多面体の割合, (f) 最大の多面体の歪み指数との関係[3a].Copyright 2021 Wiley‐VCH GmbH. Reproduced with permission from Y. Sugawara, K. Kamata, E. Hayashi, M. Itoh, Y. Hamasaki, T. Yamaguchi, Comprehensive Structural Descriptor for Electrocatalytic Oxygen Evolution Activities of Iron Oxides, ChemElectroChem, John Wiley and Sons.
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次に、見出されたOER活性と結晶構造の関係を用いて新規な高性能触媒の迅速な開発を目指した。前述の構造と活性の関係により、Fe-O結合長が短い化合物を追求することで優れた触媒が手に入ると強く示唆された。そこで我々の研究室、東京工業大学の鎌田慶吾准教授の研究チームは、構造データベースを活用することにした。高性能触媒の潜在的な候補を構造データベースから選抜し、合成し測定すれば新規触媒開発の高速化が可能である。我々はFig. 2に示す様々な構造を有し金属を2-3種類含むOER触媒として未報告の鉄系複合酸化物9種類を選抜した。これらの酸化物はM-type hexaferrites, Ruddlesden-Poppers, brownmillerite, stuffed tridymiteなど複雑な構造のカテゴリーに属す。これらの鉄系複合酸化物の中で、Ba0.65Ca0.35Fe12O19は 最小のFe-O結合長が1.552 Åと非常に短く, 優れたOER活性を示すと期待される。そこでこれらの鉄系複合酸化物を合成し、アルカリ性条件でOER活性を評価した。その結果、Fig. 3のようにこれらの活性未報告だった化合物でもOER活性とFe-O結合長の間に明確な相関を示した。驚くべきことに、OER効率と Fe-O結合長の間の相関は、元素組成、結晶のカテゴリー、鉄の価数に依存せず、広範な種類の鉄系単純酸化物、2元複合酸化物、3元複合酸化物に適用可能であった[5]。また、結晶中のFe-O結合長が非常に短いBa0.65Ca0.35Fe12O19は、我々の予想の通りに最も優れたOER活性を示した。
Fig. 2 |
当研究で合成・評価した鉄系複合酸化物[5].Copyright 2022 Wiley‐VCH GmbH.Adapted with permission from Y. Sugawara, S. Ueno, K. Kamata, T. Yamaguchi, Crystal Structures of Iron-Based Oxides and Their Catalytic Efficiencies for the Oxygen Evolution Reaction: A Trend in Alkaline Media, ChemElectroChem, John Wiley and Sons.
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Fig. 3 |
鉄系酸化物のOER 過電圧と Fe-O結合長の関係. カラーのマーカーはそれまで活性未報告だった化合物から得られたデータである[5]. 灰色のマーカーは既往の文献から得られたデータである[3,4].Copyright 2022 Wiley‐VCH GmbH. Adapted with permission from Y. Sugawara, S. Ueno, K. Kamata, T. Yamaguchi, Crystal Structures of Iron-Based Oxides and Their Catalytic Efficiencies for the Oxygen Evolution Reaction: A Trend in Alkaline Media, ChemElectroChem, John Wiley and Sons.
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さらに、上述の鉄系酸化物のOER活性と構造のパラメータを機械学習により分析し、鉄系酸化物のOER活性に対して最も支配的なパラメータの決定を試みた。ランダムフォレスト回帰により構築したモデルからFe-O結合長、Fe-O-Fe結合角、Fe-Fe原子間距離、多面体の歪みのOER活性に対する重要度を求めた結果、Fig. 4に示すように Fe-O結合長が鉄系酸化物のOER活性に対して元も支配的な構造パラメータだと結論づけられた[5]。以上のように、Fe-O結合長は鉄系酸化物のOER活性に関するシンプルで汎用的な構造の記述子として見出され、迅速で効率的な触媒開発のための実用的な設計指針である。
Fig. 4 |
(a) OER過電圧の実験値に対するランダムフォレスト回帰を用いた機械学習で予測した値のプロット.(b) OER活性に対する4種の構造パラメータの重要度[5].Copyright 2022 Wiley‐VCH GmbH. Adapted with permission from Y. Sugawara, S. Ueno, K. Kamata, T. Yamaguchi, Crystal Structures of Iron-Based Oxides and Their Catalytic Efficiencies for the Oxygen Evolution Reaction: A Trend in Alkaline Media, ChemElectroChem, John Wiley and Sons.
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しかし、原理的にFe-O結合長の範囲は限られており、上述の設計指針では活性がより高いOER触媒を得ることは困難であると考えられる。したがって、Fe-O結合長とOER活性の関係性を凌駕するためには別の設計戦略が求められる。そこで我々の研究室、東京工業大学の鎌田慶吾准教授、物質・材料研究機構の石川敦之主任研究員と館山佳尚グループリーダーの研究チームは、鉄原子近傍の原子配置の調節でOERの反応機構を切り替えることを試みた。メカニズムが異なれば触媒活性の支配的因子も異なり、Fe-O結合長の法則を超越する活性を実現可能だと期待した。様々な検討の結果、結晶中に多数の稜共有のFeO6八面体を持つpost-spinel型複合酸化物CaFe2O4を見出した。驚くべきことに、CaFe2O4は結晶中のFe-O結合長が約2 Åと長いにも関わらず、Fig. 5のように上述のFe-O結合長とOER活性の関係を超越する非常に優れたOER活性を示した。さらにCaFe2O4の優れた活性を解析するため第一原理計算を実施した結果、Fig. 6aのように、これまで報告のないOERメカニズムである「multi-iron-site mechanism」で反応が進行することが示された。 そしてFig. 6bcに示すように、当multi-iron-site mechanismは従来のメカニズムで律速段階とされるO*形成を回避し反応のエネルギー障壁を低減できることが高活性の要因であると判明した。結果として、Fig. 6d に示すようにCaFe2O4のOER活性は既報のいずれの鉄系酸化物よりも圧倒的に高く、さらにベンチマークのレアメタル触媒であるIrO2をも超えた[3b]。
Fig. 5 |
鉄系酸化物のOER 過電圧と Fe-O結合長の関係に CaFe2O4 をプロットした図[3,5].
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Fig. 6 |
(a) 当研究で提案したCaFe2O4のOER反応機構. DFT計算で得られたCaFe2O4 上のギブスエネルギーダイアグラム-(b)従来のadsorbate evolution mechanism (AEM) および(c) multi-iron-site mechanism.(d) 1.6 VにおけるCaFe2O4 とIrO2、既報の鉄系酸化物型OER触媒の活性の比較[3b].Reproduced with permission from Y. Sugawara, K. Kamata, A. Ishikawa, Y. Tateyama, T. Yamaguchi ACS Appl. Energy Mater. 2021, 4, 4, 3057-3066 Copyright © 2018 American Chemical Society.
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以上のように、我々は、実験、第一原理計算、データ駆動の機械学習を用いて、鉄系複合酸化物のOER活性を決定する包括的かつ信頼性の高い構造因子を明らかにした。さらに、結晶構造の調節により反応メカニズムを切り替えることで、非常に高い活性を有する鉄系触媒CaFe2O4の開発に成功した。これらの研究成果は、水電解による水素製造の技術革新に大きく貢献する。
この成果の一部は,国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の結果得られたものである。この成果の一部は、科研費(20K15087)の助成を受けたものである。
[1] | R. Soni, S. Miyanishi, H. Kuroki, T. Yamaguchi, ACS Appl. Energy Mater. 2021,4, 1053−1058. |
[2] | P. C. K. Vesborg, T. F. Jaramillo, RSC Adv. 2012, 2, 7933-7947. |
[3] | a) Y. Sugawara, K. Kamata, E. Hayashi, M. Itoh, Y. Hamasaki, T. Yamaguchi,ChemElectroChem 2021, 8, 4466-4471; b) Y. Sugawara, K. Kamata, A. Ishikawa, Y. Tateyama, T. Yamaguchi, ACS Appl. Energy Mater. 2021, 4, 3057-3066. |
[4] | a) H. Y. Li, Y. B. Chen, S. B. Xi, J. X. Wang, S. N. Sun, Y. M. Sun, Y. H. Du, Z. C. J. Xu, Chem. Mater. 2018, 30, 4313-4320; b) I. Yamada, A. Takamatsu, K. Asai, T. Shirakawa, H. Ohzuku, A. Seno, T. Uchimura, H. Fujii, S. Kawaguchi, K. Wada, H. Ikeno, S. Yagi, J. Phys. Chem. C 2018, 122, 27885-27892. |
[5] | Y. Sugawara, S. Ueno, K. Kamata, T. Yamaguchi, ChemElectroChem 2022, 9,e202101679. |